ヒラエッセイ

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2000年2月7日(月) 開かない箱

 若手の荻野君はマヌケである。
 どこかネジが外れていると言うか、穴があいているみたい。
 どこがどうと言えないところが困りもので、修理の方法がみつからない、オマヌケ君なのである。

「おい、荻野。おめーよぅ、新しいメールのシステムの説明はよぅ、どんなってんだぁ?」
 わが社も2000年対策で社内のメールシステムを一新した。今まで使っていたメールソフトのバージョンアップよりも別のものに変えた方が安かったので、一気に入れ替えを行ったのだ。
 システムが変わったから、使い方の説明を全社員にしなくてはならない。それに初期値として各人のメールには新しいランダムなパスワードを登録おいたので、これも通知しなければならないことになる。
 そして今回このへんの作業を課長は荻野君に指示したのであった。
「先週までにやれっていったべよ。どうなってんだよ、荻野?」
 荻野君はとにかくオマヌケだから、上司の指示した仕事をすぐに忘れてしまう。それでいつも課長に叱られるのだ。
「今日から新メールシステムだろ。それなのにどうして皆が使える状態にできていないのかって、部長がカンカンだぞ。どうなってんだよ、おめーよぅ!」
 オマヌケ君とはわかっていても、部長にきつく文句を言われた課長の口調はどうしてもきつくなってしまう。こんなときオマヌケ荻野君はいつも、下を向いて真っ暗になってしまう。
「まったくおめーはオマヌケだな!」
 ところが今日の荻野君は顔色ひとつかえずに、堂道としているのであった。
「教育ならやりました。パスワードもすでに連絡済です」
「なぬ?」
 これには課長も僕もびっくり。新システムの教育なんてやった形跡はどこにもない。本社での集合教育もなかったし、荻野君が地方へ出張した事実もないのだから。
 こうなると課長は完全にとさかに来てしまったのだ。
「おめーよぅ、いい加減なこと言うんじゃねーよ。そんなもん、やってねーじゃねーか!「いーえ、やりましたよ、ちゃんと」
「いつやったんだよ。やってねーよなぁ、ヒラリーマン?」
「ええ、課長。僕も初耳です」
「ほーらみろ。ヒラリーマンだってしらねーってよ。一体どういうことだ、荻野。ほれほれほれ。説明してみろ、こりゃ!?」
 うそをついた子供に矛盾点をつきつけて追い詰め、さぁ白状しろとばかりに迫る親のように、課長は荻野君に噛み付いた。しかし、荻野君は名探偵コナンが事件を解き明かすときのあの、
「ふん。あたまの悪い君たち。君たちのかぼちゃ頭じゃわからなだろうけど、僕ならそんなの簡単さ」
 みたいなかわいげのないスカした態度で、犯人のお披露目ならぬ、教育方法の解き明かしをはじめたのであった。

「今まで教育にはあれこれと金をかけすぎてきました。確かに教育は投資的意味もあり、ないがしろにできない重要なことですから費用をかけてでもすべきものです。しかーし! 電子メールと言う、コミュニケーションメディアを我々は提供する立場にありながら自らは活用していなかったことは、反省すべき点でしょう。そこで僕は、テキスト代や出張旅費などを大幅に節約するために、今回の利用手引書をプレゼンテーションソフトで作成し、各事業所に送ったのです。このプレゼンをみてもらえれば、まるでビデオをみるかのように非常にわかりやすいビジュアルな使用説明を受けることができます。今回は、このプレゼンと各人の新パスワードを個別に送っておきました」
 なんとびっくり。
 あのオマヌケ荻野君がこんなに手早く、誰に相談することもせずに一つの仕事を片付けた。それも、新たた工夫を施して効率的に進めたと言うのだから、課長も僕も仰天なのであった。
 もうオマヌケ荻野は返上だ。課長も驚きながらも「よくやった」と急に誉めはじめたのであった。
 しかし、僕にはどうしてもひとつだけ、まさかとは思うけれど、確認したいことがあったのだ。
「ところで荻野君・・・・・・」
「なんでしょう、ヒラリーマンさん?」
「そのプレゼンとパスワードだけど、どうやってみんなに送ったの?」
「はい。それでしたら、全員にメールで送りましたよ」
 やっぱりな・・・・・・。
「そっか。メールで送ったのか。今まではコピーで冊子を作って配布してたよな。なるほど、俺たち自身がもっとメールの活用をしていかないとだめだってことだな。自ら実践して見本を示す必要があるわけだ。がはははは。こりゃ一つ、勉強になった。それにしてもよくやったぞ、荻野。たいしたもんだ。なぁ、ヒラリーマン。おめーもそう思うだろ?」

 荻野君はやっぱりマヌケだった。だけど、鍵のかかった箱の鍵がその箱の中にあることにまだ気がつかない課長のほうが、もっとマヌケじゃないかと僕は密かに思うのであった。

2000年2月9日(水) わかっちゃいない

「ヒラリーマン君かね。本宮だけどね、ちょっと悪いんだが部屋まで来てくれないかな。どうしてもフロッピーのデータが読み出せなくてね」
 朝っぱらから本宮専務直々の呼び出しがかかってしまった。
 当社の重役さんたちはパソコンには疎い。
 しかしその中でも本宮専務は「重役の中ではパソコン通」ということになっている……というか自分でそう宣伝しているのだ。
「お待たせしました、専務。どのフロッピーでしょうか」
「今パソコンに入れてあるよ。○○物産の社長が郵送してきたものでねぇ」
 そういいながら専務は、僕に席を譲ってくれた。
「私もパソコンは嫌いじゃないからね。普通なら読めるんだが、これはデータが冷凍してあるらしいんだよ」
 冷凍?
「どうも解凍の方法がわからなくてねぇ」
 そりゃ冷凍じゃなくて、圧縮なのだ。
「パソコンは便利だよね。他の役員達はそういうことがわかってないんだな」
「そうですか」
「結局ホワイトカラーの効率アップの鍵はコンピューターなんだよ。そういうところがわかってない」
「なるほど」
「情報化の重要さっていうものがね、わかってないんだね」
「わかってないすか」
「うん、わかってない」
 専務は僕が作業をしている間中、横で他の役員達がいかにコンピューターをわかっていないのかを喋り続けるのであった。
「データ収集や決まり切った計算などはコンピューターにやらせるに限る。ところがそれを人間にやらせないと気が済まない人がいるんだ。全くわかってないね」
「そうですか。ところでこれはLZHですかねぇ」
「いや、TDKだろ」
 だれもフロッピーのメーカーなんて聞いてないのだ。
「いえ、圧縮形式のことです。LHAで圧縮しているんじゃないかと思うんですよ」
 僕はフロッピーをパソコンに入れ、ファイルの解凍を試みた。すると画面には真っ赤な警告メッセージが現れたのだ。
「ありゃま!」
「どうしたんだね、ヒラリーマン君?」
「ウイルスに感染してますよ、このフロッピー。これは相手の方に返していただいた方がいいですね。あちらでもウイルスに感染していることがわかった方がいいでしょうから」
 僕はパソコンからフロッピーを抜き出して、専務に差し出した。
 すると、専務は一歩下がると机の引き出しをごそごそと中をかき回し始めたのである。
「あの、専務。コンピューターウイルスっていうのはですね、人間には……」
「いやぁ、わかってるんだ。わかっちゃいるよ。だけど一応ね」
 わかっちゃいないんじゃないかな、と思いながら、僕は専務にフロッピーを差し出し、専務はそれを恐る恐る受け取ったのであった。
 今急いで軍手をはめた手で。

2000年2月21日(月) トラブル! 社長のメールが!!

 我が社もついにインターネットを導入した。会社のパソコンLANをインターネットに接続し、いつでも使える状態にしたのだ。ところが導入して1週間後、なんと社長からクレームが付いたのである。
「Emailの受信がおかしい」
 橋田社長のこの一言は社長のこしぎんちゃくで、ゴマスリ人生一筋みたいな大橋秘書室長を動かした。
 こんなことは僕1人で調べればいいのに、大橋室長がわめいて歩いた結果、社長室にインターネットを導入した大同システムのシステムエンジニアまで呼びつけての大騒ぎとなったのである。
 これも大橋室長の仕業か、「橋田社長のEmail動かず」のニュースは大同システムの営業に伝わり、担当重役にまで報告されてしまった。その結果、大同システムの重役から当社のシステム担当常務に「責任を持って解決させます」という電話まで入ったのだ。
 僕とシステムエンジニアは社長のパソコンを操作し、各設定を確認していった。

「ドメインは問題ないですね」
「DNSもいいでしょう」
「アドレスの設定は?」
「それより、つまりどんな現象になるんですか?」

 そういえば、騒いでばかりいて一番大事な「現象」を聞いていなかったのだ。僕はすかさず社長に聞いてみた。すると、
「とにかく1週間も経つのに、誰からもメールが届かないんだ」
 とのこと。
 社長のこの一言で一瞬、社長室のざわめきがなくなり、空気が止まってしまった。
 まさか、単に「だれもメールをくれない」という、そんなつまんねー話じゃないだろうなと、みんなは心臓をバコバコ言わせてたのである。

「1週間も経っているのに1通も来ないんだぞ。おかしいじゃないか!」
「そうですねぇ、社長。あのぅ、もしかして社長、間違ったメールアドレスをみなさんに教えたのではないですか?」
 僕はあえて当たりわさりのない質問に変えて社長に尋ねた。しかし、橋田社長は「失礼な」とばかりのムッとした顔で、はっきりとその疑惑を否定したのであった。

「この俺が間違ったって? ばかいちゃいかんよ君ぃ、はっはっは。だいたい、アドレスなんてまだ誰〜れにも教えてはおらんからな!」
 そりゃ、いつまで待ってもメールは来ないのだ。

2000年2月23日(水) 時代遅れな方々

「一人一台? うーん、まぁいいんじゃないの。そういう時代なんだから」
「そうですか、常務。それでは早速購入手続きにかからせていただきます」
 会社の古いパソコンを新しいものにとりかえることになったのだけれど、そのときに台数も増やして、一人一台体制にしようと言うことになった。
「しかし、ちょっと待ってくれよ」
「なんでしょうか、常務?」
「一人一台は、要員に対してか、それとも配員に対してか?」
 要員と言うのは「わが社に必要な人数」で、配員は「実際に会社にいる人数」。つまり、「配員−要員」がリストラ対象人数とも言えるのである。
「それはもちろん配員です、常務」
 要員と配員とはいうものの、それはあくまでもトータル人数のはなし。この人が要員で、この人は不要員なんていう一人一人に識別はないのだから、我々システム部員としては、配員全員に配る以外にはないのである。
「それはまずいなぁ、ヒラリーマン君。いいかね、これを取締役会にかけると社長は当然こう突っ込んでくるぞ。『経費節減の折、必要最小限の台数にすべきだ』ってね」
 確かにそれは十分考えられる。
「いや、それだけじゃない。わが社にはまだろくにパソコンをい使えない時代遅れのやつらもいるだろ。たとえば君らのところのミッキー君。あんなの机すらいらんだろが!」
 ミッキーというのは我が部の万年平社員。自分の意見に反対されると発狂してしまうと言う困ったおやじなのだ。
「それに、部長連中は高度な利用方法などやってないんだから、古いので十分だ。そのへんを見込んで少なめにしておけ。そのほうが説得力がある」
「はい。では適当にみつくろって・・・・・・」
「いや待て。こういうのは、説得できるデータが必要だ。ネットワークへのログオン時間やデータの転送料などの統計がユーザーごとにとれると聞いたが・・・・・・」
「はい、ある程度はとってます」
「よし。それをもとに、『ろくにパソコンを使っていない時代遅れなやつ』を割り出して、その人数分、古いPCを残せ!」
 常務は「こりゃいい考えだ」とばかりに得意げな顔で、ネクタイを締めなおすのであった。

「というわけでして、一人一台体制を敷く事となりました」
 次の週、早速この件を役員会で常務が報告し、僕と課長はオブザーバーとして参加した。いざと言うときの説明要員なのだ。
「わかった。かなりの出費だが今やパソコンは文房具とも言うべき必需品だ。仕方ないだろう。その線でやってくれ、常務」
「ありがとうございます、社長」
 うまくいったのだ。
「ところで、常務。このパソコンの台数だが・・・・・・これは配員とか要員の関係とか、つまり台数はどういう風に割出したのかな?」
 そら、おいでなすった。
「はい、それはただいま担当者から・・・・・・。おいひらりーまん君、社長にご説明申し上げろ」
「あ、はい。ええとですね、まずは要員数をベースににしまして、そこから『パソコンなんてろくに使えない時代遅れのやつ』の人数をデータ転送量の統計から割出しまして、その分古いパソコンを廃棄せずに残してあてがう事にしました」
 ちょっとあがって、妙な事を言ってしまったのだ。
「はっはっは。『時代遅れのやつ』とは随分とストレートな言い方だ。まぁ、よろしい。歯に衣着せぬほうがわかりやすい。それで、何台くらい削ったんだ?」
「はい。100台程度です」
「ろくに使えない時代遅れが100人か。よくやった。それくらいの事をやってもいい。今どきパソコンを使えない社員なんて本来わが社には不要なんだ。では、さっそくやってくれ! あ、そうだ。俺のパソコンは今ノートパソコンだけど、あれはどうも字が小さくて年寄りにはいかん。役員のパソコンは今度、全てディスクトップに取り替えてくれよ。はっはっは!」
「は、はい。し、しかし社長。そうなりますと、あの〜」
「なんだね、君?」
「お出しした計画より、役員さんの人数分だけパソコンの購入台数を増やしていただけますでしょうか?」
「・・・・・・」

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