ヒラエッセイ

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2007年2月27日(火) マッシュルームな学習塾

 僕もいつの間にか歳をとったらしく、ちょっと前まで赤ん坊だと思っていた子どもも来年度は中学3年生。ついに塾に行く年齢になった。もっとも周りの子どもはもっと早く塾通いをしていたのだが、「子どもは遊ぶのだ!」という信念の元、我が子は今まで、塾に行かせたことがなかった。
 塾に入れるとは決めたものの、問題は「どこにいれるのか」だ。塾と言えばそれなりにお金がかかるのだから、ここはじっくり投資効果を調査して、間違いのないように良い塾を選ぼうと、僕は新聞の折り込み広告を並べ、加えてネット検索をして検討した。しかし、これらの広告を丸ごとチェックして思ったのは、「総じてほとんど意味がない宣伝」ということだ。
 多くの親が考えているのは「今よりも良い成績になってもらうために塾に入れたい」ということだ。だから、どれだけレベルアップできるかに興味があるのだが、その興味に応えてくれる事を記載している塾の説明は見あたらない。いくら優秀な高校にたくさんの合格者を出したと書いてあっても、それがもともと優秀な子であったのなら、元々アホな自分の子どもはやっぱりアホのままかも知れないから興味が湧かない。
 しかし、一カ所だけ他とは違う広告の塾があり、僕はそのチラシに目をとめた。
「少人数制で10人以内。多くの進学塾がアルバイト学生を講師に使っている現状の中、ベテランによる目の行き届いた指導が自慢!」
 おお、いいじゃないか!
 僕は早速、教室長に約束を取り付け、息子を連れて塾の説明を聞きに行った。
 訪ねていくと、教室長は30代中頃の、マッシュルームみたいな髪型をした冴えない男だった。
「まず、当塾の方針をお話ししましょう」
 そう教室長は切り出した。
「当塾は少数制をとっています。1教室は10人までで、それ以上にはしません。どうして10人かわかりますか?」
「きりが良いから、ですか?」
「あはははは、そんなバカな」
 バカとは失礼なマッシュルーム野郎だ。
「じゃ、なんです?」
 そういうとマッシュルームは背筋を伸ばして偉そうに構えて言った。
「10人というのは、一人ひとりが何をやっているのか、どういう状況にあるのを把握できる最大の人数なんです。これを超えると、とたんに分からなくなります」
「へぇーそうなんですか?」
「そうなんですよ。例えば野球は9人です」
「あのー野球とどういう関係が?」
「野球の場合、だいたいはキャッチャーがチームの現場指揮官になります。だから、監督兼プレーヤーは野村も古田もキャッチャーですね」
「はあ」
「そのキャッチャーが、現場で一目で一人ひとりを指揮できるんです」
「9人ですよね、野球?」
「そうですよ。10人以内ならそれが可能と言うことです」
「11人だとダメなんですか?」
「ダメなんですね。だからうちは10人までなんです」
 また、マッシュルームが胸を張った。
「あのー」
「なんです?」
「サッカーはどうなりますかね?」
「は?」
「サッカーは11人ですけど」
 僕がそういうと、マッシュルームは目をきょろきょろさせて、シンキングモードに入った。そしてしばらく考えると、答えを見つけたらしく、また胸を張った。
「サッカーはですね、一人が必ず司令塔と言われています」
「中田みたいに?」
「どこのチームにだっているんですよ、司令塔が」
「そうなんですか」
 僕はサッカーをよく知らない。
「そうなんですよ。つまり、指揮官となる人が一人いるわけですから、指令されるのは10人。だからサッカーも成り立ちます」
「へぇー、そうなんですか」
 なんか違う気もするのだが、それ以上僕は突っ込まなかった。
「そうなんです。ですからうちも10人の生徒さんで完全に把握してます」
 マッシュルームは誇らしげな顔をした。
「あのー、そうするとラグビーはどうなっちゃうんでしょうね?」
「ラグビー?」
「ええ。あれ、15人ですよね?」
「15人・・・・・・」
 マッシュルームはまたシンキングモードになった。そして、しばらく考えた末、こう言ったのだ。
「だからラグビーはだめなんですね」
 わけがわからない。
 そしてマッシュルームは僕のさらなる追求が来る前に、話題を変えた。
「さて、次の特色ですが、当塾では講師の年齢が高いです。おじさんばかりです。しかし、その方が変に生徒となれ合いにならずに良いのです」
「なるほど」
「年齢だけじゃありません。どの先生方も、他の有名塾で経験を積んできたベテランばかりなんです」
「引き抜きですか!」
「いえいえとんでもない」
 ここでマッシュルームはまたまた胸を張った。
「これらの先生方は、我々の教育方針に賛同してくださり、是非とも当塾のシステムで教育に従事したいと志願されて来たのです」
「有名塾からですか」
「そうです。有名塾の大人数で一人ひとりを十分に見られない現状でトップクラスの子ばかりに目をやって、実績をアピールするやり方に、納得できずにおられた、良識ある教育熱心な先生方ばかりなんです」
「へぇ、それはすごいですね!」
「そうでしょう。でも、それだけではありません。大手の進学塾の多くは、なんの経験もないアルバイト学生に講師をやらせてたりします。コストカットです。だから講師の年齢は若いですが、指導力は不十分。話になりません。こうした現状にも先生方は耐えられずにいたのです」
「なるほど。それに引き替え、こちらはベテラン揃いってわけですか?」
「そういうことです。当塾の最大の売りはここです。ベテランによる指導。それが当塾の命とも言える部分です。その点について、何かご質問などありますか?」
 マッシュループはパンパンに胸を張った。こうやって胸を張られると、僕はなぜかなにかを言いたくなるのである。
「あのー」
「はい、なんでしょう。なんでもどうぞ!」
「ネットでこの塾を検索したら、講師募集が出てました」
「え!?」
 マッシュルームの顔色が瞬間的に少し赤くなった。
「『現役大学生、大卒以上の主婦・アルバイト・パートOK。経験不問。時給1300円』とありました。この応募者は、いったいどこへ行くんでしょうか?」
 僕がそう言ってマッシュルームの顔を見上げると、彼の顔はさらに赤くなった。
「そ、それはですね、あのー」
 マッシュルームはしどろもどろだ。
「はい」
「ええとですね、それは採用後に必ず研修があるんです」
「ほう、研修ですか」
「そ、そうです」
「なるほど。つまり、学生アルバイトが研修を受けると、おたくではそれを『ベテラン』と呼んでいるんですね?」
「ま、そういう講師は極少数でして・・・・・・」
 以後、マッシュルームのしどろもどろは10分以上続き、僕は一言、「いい加減な命だこと・・・・・・」と言葉を漏らして学習塾をあとにした。
 家に帰って息子に「どう思う?」と聞くと、息子は「あそこ気に入った。いいんじゃない?」と言い、僕も「じゃ、まあ、いいか」と答えた。
 こっちもマッシュルーム同様、いい加減なのである。

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