ヒラエッセイ

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2006年2月1日(水) 鳥人間マスク

 去年、僕はインフルエンザでひどい目にあった。おかげで1週間会社を休む羽目になってしまった。あのときは辛かった。
 会社では「いやぁ、こどもが学校からもらってくるからねぇ」、なんて言っていた。「病菌は子供が学校からもらってくるからしかたないよね」なんていう話を聞いていたから、当然そうだと思っていたのだが、これは勘違いだった。よくよく思い起こしてみれば、インフルエンザにかかった順番は僕が一番。つまり、我が家へのインフルエンザ輸入者は僕なのだった。
 ではどこで移ったのか、そう考えてみると会社ではない。ということは、家と会社の間しかないじゃないか。そんなとき、
「電車の中って、病原菌だらけだよね、咳をするとウイルスって5,6メートルは飛ぶらしいよ。一人咳でむせてるやつがいたら、あっという間に車内はウイルスまみれだよな」
 という話を知人から聞いて、なるほど、と思った。
 そのうちテレビでも、「人混みではマスクをすることが効果的です」なんていうことを言い出した。
 ネットで「インフルエンザ」と「マスク」の複合検索をしてみたら、インフルエンザに効果のあるマスクがネット販売されていた。「これだ!」と思ってクリックしたら売り切れ。よほど売れているらしい。そう考えただけで、このマスクを手に入れないと、もうインフルエンザになってしまうような気さえする。
 でも、薬局に行ってみたら他のものがまだあった。花粉、ウイルス99%カット、なんて書いてあるのが何種類かある。毎日取り替えて、使ったものは捨てなくてはならないけれど、500円くらいで7枚くらい入っているからそう高くはない。
 その日から僕は、そのマスクを付けて電車に乗るようになった。鼻と口のところが盛り上がっている、立体マスクなので苦しくはない。ただ、見た目が鳥人間みたいになる。
 今までこのマスクをしている人を花粉症か、ひどい風邪をひいた奴だと思っていたので近づかないようにしていたのだが、それが逆だと気づいた。風邪をひいているんじゃなくて、防御しているのだ。今では「同好の士よ!」という親近感さえ感じる。
 そんな風に気にしてくると、咳をしている人が異常に気になるようになってきた。「ゲホッ」と聞こえただけでさっと振り向き、確認。またあちらで「ゲホッ」と咳き込めば、また確認。
 先週は電車で近くに一人程度、今週初めは5人程度、昨日は7人くらいになっている。確実に風邪は流行っているようだ。そのなかにインフルエンザもいるはずなのだ。
「もしもウイルスが見えるメガネがあって、それをかけたら、いまこの車内は凄い状態なんだろうな」
 なんて考えると、このマスクが毒ガスの中で生命を維持しているガスマスクみたいな感覚になってくる。マスクがずれたのを直すために、ちょっとマスクをつまんで持ち上げて、そのときに鼻から勢いよく息を吸ってしまったりすると、
「うわぁ〜。いま、直接吸ってしまった。どうしよう!」
 なんて思ったりする。
 電車の中で不作法に、口に手も当てないでゲホゲホやるおっさんが、今までは何とも思わなかったのに、今ではとても腹立たしく思えてきた。会社で会議中咳する人を見ると、「この野郎、会社に来るな!」なんて思っちゃう。
 そのうち、会社に着くと念入りに手を洗ってうがいをするようになった。そうしないと、なんだか毒されるような気がするからだ。アルコールスプレーも買って、食事の前には手を消毒し始めた。
 最近では、鼻の穴の中を洗浄する薬をネット販売で見つけ、それを見ているとそれもやらないと、インフルエンザになるような強迫観念にさえ襲われてきた。
 もしかして、潔癖症って、こうやってできあがるのだろうか。
「そこまで徹底して、それでインフルエンザになったらお笑いですね」
 と、会社で僕の目の前に座っている矢田君に言われてふと我に返った。
 ウンコをしても手も洗わないでおにぎりを食べ、それでもなんの病気にもならないこの矢田君を見ていると、鳥人間マスクが滑稽に思えてくるのであった。

2006年2月21日(火) 文章に秘めた真実

 文章というのは面白いもので、短い文章でもいろいろと推測をすることができる。ビジネス文章でもよくよく考えれば、相手の本心がわかったりもするものだ。
 最近一番面白いと思った文章は、逮捕されちゃった例のIT企業元社長が送ったとするメールだ。
 あのメールは社会人ならだいたい「なんか変だな」と直感したはずだ。
「シークレット・至急扱いで処理して欲しいんだけど」
 この切り出しでメールは始まる。シークレットで3000万円をある人物に至急送金してくれという依頼だ。そして、
「項目は、選挙コンサルティング費で処理してね」
 とくる。この2センテンスだけで「こりゃ変だよな」と思った人はうじゃうじゃいるだろう。
 普通、企業が架空の報酬を誰かに渡すときには2つのどちらかを選択するはずだ。
 まず一つ目は、正式な経理処理をするパターン。この場合、相手からきちんとした請求書を発行してもらい、お金を振り込んだあと、ちゃんと経理処理をする。仕事をしたかどうかなんて問題ではない。助言だけでも仕事をしたことにすれば、それで済む。重要なのは手続き方法だ。
 二つ目は、裏金として処理する方法だ。この場合はこっそり相手に金を渡す。会社からの振り込みはあり得ない。そして、その金は帳簿外の裏金から出すか、あるいは使途不明金として処理をする。裏帳簿には記録するかも知れないが、表の経理処理には当然出てこない。
 ところがあのメールの指示だと、それがごちゃごちゃになっちゃうのだからおかしいと感じるわけだ。
 シークレット、つまり「これは不正な送金です」と言っておきながら、「項目を選挙コンサルティング費にする」、つまり正式な経理処理をするという。おまけに、正式な経理処理をするのだから、会社の口座から振り込むことになる。これは、まったくつじつまの合わない指示になっている。
 一応シークレットだが、バレたときのことを考えて、経理処理は正式にしておく、ともとれるが、よく考えるとそれもおかしい。
 なぜならば、元社長個人への選挙コンサルティング費用を会社が出すということ自体が不正なのだから正式な経理処理をしても意味がない。
 つまりこのメールは、「わたしの個人的な用途の裏金を会社の口座から横領して○○さんに送金して、経理処理は正式にしてください」というめちゃくちゃな指示内容になっているのである。
 だから、証拠があるとか無いとか言う前に、すでにあの2つのセンテンスを見ただけで、このメールは作り物だろうな、と想像できるのである。
 ちょっと色気を出してさらに想像力を膨らませると、
「あのメールは被告人が打ったものに間違えありません。あのようにつじつまの合わない指示をなぜ被告人はしたのか。それは、それほど被告人は経理、財務の知識がまったくなく、東大は出たけど実はアホだったという証拠に他なりません。ですから、被告人は粉飾決算や不正な株式売買などの内容はまったく理解しておらず、側近が勝手にやっていたことなのであります!」
 なんて、裁判の時に弁護士が言い出すために、あらかじめ蒔いておいた種があのメールだ、なんてことも考えられる。
 こんな風に、短い内容からでもいろいろと想像を膨らますことができるから、文章って本当に面白い。
 しかしこれはちょっと、想像のしすぎかな・・・・・・。

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