ヒラエッセイ

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2001年6月4日(月) もし何かあったら

「・・・・・・というような事で、当社ではいろいろとサービスを展開してるわけでございます、はーい」
 我が社には毎日のようにセールスがやってくる。もちろん会社へのセールスだからコンドームやストッキングをもってくるわけじゃないし、化粧品のセールスも来ない。 会社同士の取引を展開しようと、いろいろな会社の営業部員が自社製品やサービスを紹介しにパンフレットをもってやってくるのだ。
 しかし、我が社ではほとんどの物の買い付け先は決まっているし、必要なサービスももう受けているので、だいたいはお話を聞くだけでお引き取り願うことになるのだ。
「よくわかりました。しかしパソコンはもう取り替えたばかりだし、サービスについても当社には某コンピューター会社の常駐員がいまして、彼らが面倒を見てくれてます。他社に切り替える明確なメリットがない限り難しいと思いますよ」
 こんな具合にやんわり断る。
 そして、それをうけて営業マンの言う口上がこれなのである。
「わかりました。どうも長い時間お聞きいただいてありがとうございました。どうやらすぐにお取引というのは難しいようでございますね。しかし、もし何かございましたらこちらの方まで是非ご連絡ださい」
 この、「もし何かあったら」。これが決まり文句なのだ。もちろんこれは今説明した商品を買いたくなったら連絡をくれという意味であって、「うちの軒下で猫が子供を生んだ」とか「おもしろい話を聞きました」とか、なんでもいいから連絡がほしいというわけじゃない。
 それならそうとはっきり言えばいいような気がするのだが、それでは商売としてはよろしくない。初めてのアポイントメントであまりがつがつと売り込むと逆効果なのでこういう風に言うのである。
 つまり、「もし何かあったら」ははっきり物をいえないけど意思を伝えたい場面に登場するのだ。

 たとえば先日、チャット仲間の女性に僕はこんな事を言われた。
「ヒラリーマンさん、名古屋出張のついでに○○ちゃんと会ったでしょ。彼女、あの頃からチャットにでてこなくなったのよね。ねぇ、なにかあったんじゃないの?」
 この場合の「なにかあった」は、「一発やったんじゃないの?」という意味だ。これはあまりはっきり言う癖をつけない方が良い内容だろう。
 僕は一応それを確認すべく、彼女を追求してみた。
「なにかって、なに?」
「ん? それはほら、その・・・・・・いろいろと」
「いろいろと、なに?」
「つまり、わかるでしょ?」
「わかんない。どういうなにか?」
「だからその・・・・・・」
「じゃ、ヒントちょうだい。君がその『なにか』を初めてしたのはいつ?」
「17のとき」
 早いじゃないか!

 そういえば、ドラマでこんなシーンもあった。
 死を目前にした友人を主人公の女弁護士が見舞うのだ。そして「もう、助からないって先生が・・・・・・」と涙ぐんでいる友人の奥さんに向かって、女弁護士がいうのだ。
「気を確かに持って!」
 二人は堅く手を握りあう。そして主人公は帰り際、彼女にそっと言う。
「もし何かあったらすぐに電話ちょうだい。何かと力になるわ」
 この場合の「なにかあったら」はこういう意味だ。
「もしも死んだら連絡ちょうだいね。葬式の手伝いくらいできるから」
 これは確かに言いにくい。

 一言で言ってしまえばこれは日本語の美意識みたいなものかも知れない。言葉は意思を伝える道具とはいえ、何でもかんでもはっきり言えばいいというものではないのでる。

「おいヒラリーマン」
「なんすか、課長?」
「総務部から通信講座斡旋の資料が来てるぞ。おまえどれか受けるか?」
「いいえ」
「そっか。しかしよ、こういうのはやっておいたほうがいいんじゃねーのか、おめーの場合は?」
「なんでです?」
「クビになったときのためによ!」
 やい課長、少しは言いにくそうに言ったらどうよ。

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Akiary v.0.51