ヒラエッセイ

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2004年9月17日(金) 料理を褒めてツーリングに行こう!

「ヒラリーマン。おまえ最近バイクツーリングに行ってるか?」
 と、部長が突然言い出した。
「イヤー最近はちっとも。家族サービスもあるし、なかなか行けませんよ」
「そうかぁ。奥さんがいい顔しないのかな。お前、奥さんの料理を褒めてるか?」
 と、部長が妙なことを言い出した。
「いったいなんで料理なんですか?」
 部長は待ってましたとばかりに構えた。
「実はなぁ、最近俺、料理教室に通ってるんだ」
 どう考えてもそういうことをしそうにない人なので、僕は驚いた。
「そりゃまた、どうしたんですか?」
「別にどうしたということじゃないけど、料理の一つも作れないというのは情けない気がしてなぁ。ところがそのおかげで俺は大変なことに気づいたんだよ」
「大変なことって、なんです?」
 部長は用意しておいたうんちくをたれる為に、身を乗り出した。
「料理っていうのは、思ったよりも大変なんだ。飯の時間になったら自動的に出てくるような気がするけど、そうじゃない」
 自動的に出てくるとは僕も思っていない。
「とにかく時間と手間がかかるんだ。それも、作っている間の時間だけじゃないぞ」
 と、部長が続けた。
「それはどういうことですか?」
 と、僕がきいた。
「まず、献立だな。これを考えるのが大変だ。毎日のことでずっと続くから、考えるだけでもかなりの時間と労力を要する。最近出したものは出せないし、肉が続いても魚が続いてもいけない。それから買い物も大変だ。いくら冷蔵庫がでかくなったとはいっても、買い物は週に数回は行くだろう。それから料理には下ごしらえが必ずある。肉を調味料に付けておくとか、肉とたまねぎをこねくり回すとか、これがまた大変なんだ」
 詳細はともかく、そういうことをしているのは僕も知っている。
「それに気づいたんですか?」
「いやいや、そうじゃない。問題はその大変さの代償さ。思ったよりもずっとずっと大変だというのもそうだけど、作って家族がその料理を口にしたとき、褒めてもらえばその苦労はすっとんでしまうし、無視されたらがっかりするし頭にくるということがわかったんだよ」
「せっかく作ったのに、ってことですか?」
「そうだ。あれだけの労力をかけて作ったのに、テレビを見るついでみたいに食われたら、殺してやろうかと思うぞ」
 随分と物騒な話だ。
「そんなに頭にくるもんですか?」
「ああ。まぁ、殺すのは冗談としても、非常に腹が立つのは確かだ。ところが、おいしいと言ってもらえたら、また作っちゃおうかな〜と思うものなんだよ」
 それはなんとなくわかる。褒めてもらえば誰だって嬉しい。部長は遠くを見つめながら話を続けた。
「俺はそれで大いに反省して、女房の料理を褒めることにしたんだよ。これはおいしい、これはうまくできてる、これはいい香りだってな。そしたら女房はどんどん元気になって明るい。しまいには『あなた、今度の週末好きに使っていいのよ』なんて言うんだよ」
 なるほど。上機嫌で気持ちが大きくなるタイプらしい。
「だからな、ヒラリーマン。お前も今日うちに帰ったら奥さんの料理を褒めろ。そうすると、奥さんご機嫌で家庭は明るくなるし、お前にもいいことあるぞ!」
「褒めるコツって、あるんですか?」
「そりゃ簡単だ。やっぱり、一番手のかかったものを褒めてもらいたいのが作った方の理屈さ。だからな、これが一番手のかかったものだな、というやつを見つけて、褒めちぎるんだよ。でも、あまりに褒めるばかりじゃ嘘くさいから、他のおかずにはちょっと不満も言ってみたりして、メイン料理を褒めると効果があるんだ。まぁ、今夜にでもやってみろ。そしたらお前、『今度の休みに1人でバイクツーリングでもしてきたら?』なんてことになるぞ!」
 なかなか部長も策士なのである。
 しかし、そういえば、最近まったくツーリングに行かせてもらっていない。これはいいことを聞いたと思いながら、僕は家に帰った。
 家について着替えを済ませ、しばらくパソコンを眺めていたら食卓におかずが並んだので、僕は食卓テーブルについた。
 ざっと見渡すとおかずが4品。もっとも目に付いたのが揚げ物だった。それはカニのツメで、周りにスライスしたナッツが施されていた。これは作るのに手がかかったろうと思い、僕はそれをつまみあげて一口食べると、家内にこう言った。
「これうまいねぇ。最高。今日の料理の中じゃこれがダントツだね。こっちの煮物はちょっと味が薄いし、こっちのサラダはマヨネーズが足りないな。でも、この揚げ物は表彰ものだよ。おいしい料理をありがとう!」
 すると家内がぽつりと言った。
「その揚げ物だけが生協で注文した冷凍ものなのよ」
 ツーリングは来年になった。

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