ヒラエッセイ

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2004年6月1日(火) 今あった本当の話。

 30分前の話しです。
「ひらりーまんさん。わたしの電話にFAXが来てます」
 同じ課の玉川女史が腹を立てたような声を出した。
「どういうこと?」
「FAXですよ。わたしの電話にかけてきて、ピーピー鳴ってるです。まったく腹が立つわ。どこの誰かわからいところが余計にむかつく!」
「どこの誰かわかるよ」
「え。ヒラリーマンさんすごい。このピーピー音を解読できるんですか!」
 できるか、ぼけ!
「ちがうよ。FAXで出せばいいんだよ」
「間に合いませんよ、今からFAXつけるなんて。あ、ほら、切れちゃった」
「もう少ししたらまたかかってくるよ」
 FAXは相手が受信してくれなかったら、数分おいてから自動的にリダイアルするのが普通だから、必ずまたかかってくるのだ。
「今度かかってきたら転送するんだよ」
「ひらりーまんさんに? やっぱり解読できるんだ!?」
 できねーよ、アホ!
「そうじゃなくて、FAXの番号に転送するんだよ。うちはFAXにも内線番号があるから転送してやればFAXにつながるさ」
 そう説明しているうちに、またかかってきた。
「ほら、転送ボタンを押して、3595を押して、それで受話器を置くんだ!」
「は、はい」
 しばらくするとFAXから受信音がして、ジコジコ紙がでてきた。玉川女史はそれを取り上げると、こう言った。
「岡田屋商店だって。こいつが犯人よ。電話して文句言ってやるわ!」
 僕は玉川女史が握りしめているFAX用紙をのぞき込んだ。
「ねぇ、これ、岡田屋商店様って書いてない?」
「書いてあるわよ。それが?」
「それがって・・・・・・だからそのFAXって岡田屋商店に送ったものでしょ?」
「そうよ。それが?」
 以前から馬鹿だ馬鹿だと思っていた玉川女史は思ったよりもずっと馬鹿らしい。
「だからさ、発信したのは下に書いてある会社じゃないの?」
「だから?」
 まじかよ。
「だから、文句を言うなら発信した会社、そのヘビー通信ってところじゃないの?」
「違うわ!」
 なんでだよ。
「きっとこれは岡田屋商店の担当者が、ヘビー通信に間違えたFAX番号を教えたのよ。だから文句を言うべきは岡田屋商店なのよ。きっとそうに決まってる」
 おばさんの中でもすっかりおばさんになると、勝手になんでも「こうに違いない!」と決めてしまう傾向があるのだが、彼女もその口らしい。慶應義塾大学卒の才女も古くなるとこうなっちゃうのだろうか・・・・・・。
「でもさ、それよりも発信したヘビー通信に、うちに間違ってFAX送ってますよって教えてあげる方が親切だと思うよ」
 僕がそういうと、玉川女史はしばらく考えてからFAX用紙に記載されているヘビー通信に電話をかけた。
「もしもし。あのですね、うちの会社にお宅から間違ってFAXが来てるんです。岡田屋商店さん宛のです。はい・・・・・・。はい・・・・・・。はい・・・・・・。そうなんです。は? ええ。はい。はい。いえいえ、どういたしまして。はい。はい。はい。わかりました。ええ。いいえ、かまいませんわ。はい。それではそのようにいたします。いいえ、お気になさらずに。はい。では失礼します」
 玉川女史は相手に感謝されつつ、なにか依頼を受けたらしい。
「どうだった?」
「わたしが教えてあげたので喜んでましたよ」
「それで?」
「これは大事なFAXなんで、今すぐ送り返してほしいって頼まれちゃった」
「は?」
 玉川女史は僕の疑問を受け付ける間もなく、FAXを送り返した。そして手元に残ったFAX用紙を不思議そうに眺めながらつぶやいた。
「FAXって、送ってもこっちの残るわよね。それにヘビー通信にはこの元の紙があるんだから、これって意味なくない、もしかして?」
 そのとおりだよ。
「だからこれって、FAXするんじゃなくて捨てればよかっただけの話じゃないの? あのヘビー通信の人、ばっかじゃないの〜、ねぇ、ひらりーまんさん。あははははは」
 僕はこのとき、「なんか画面の動きが悪くなったの」と言いながら、パソコンの画面をきれいに磨いていた玉川女史の姿を思い出していた。

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