ヒラエッセイ

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2003年10月1日(水) 結局

 後輩の矢田君と飲んだ。
「金持ちってつまんねーよなぁ。俺、絶対に金持ちになりたくないよ」
「えーーっ。どうしてですか!?」
「だってさぁ、この間のマイケルジャクソンの特集を見てたらさぁ・・・・・・」
「僕、見てないですよ。どんなのでした?」
「あのな、マイケルが骨董品屋に買い物に行くんだよ。そのときの買い物風景が呆れるぜ。『これね、それからこれ、うーんそれも欲しいな。それからこれとこれとこれね。あ、そっちのそれもほしいなぁ』とか何とか店の中を歩きながら指さすんだよ。それで数千万円の買い物をしちゃうんだ。
「ほんとですかぁ?」
「値段も確認しないし、もちろん値引きなんてしないよ。ひょいひょい買っちまう」
「なんですか、それ。スゲー金持ちですね」
「そうだろ。でもさぁ、それってつまらないと思わない?」
「お、思わないですよー。俺もそんな金持ちになりたいですよ」
「バカだなぁ、矢田君」
「どうしてですか?」
「よく考えてみろよ。買い物ってどうして楽しいのか。どうしてものを買うと嬉しいのか。その精神的構造ってものを考えてみればわかるさ。物事を正確に考えるためには、そういう分析が必要なんだ」
「なんだか難しい話しですね。どういうことなんすか?」
「つまりね、嬉しいとか楽しいとかってのは、これは脳に受ける刺激だろ」
「まぁ、そうですよねぇ」
「エキサイトするかどうか、それが問題だ。ものを買うことでエキサイティングになるわけだよ。だから脳に刺激が行く」
「そうっすね」
「それはさ、なかなかポンとは買えないものを、『あれにしようか、これにしようか、それともこれにしようか、もっと安く買えないかな、どうしたらいいかな』なんて悩んで悩んで、それでやっと手に入る。だからそこでエキサイティングになるわけだ」
「なるほど」
「俺がいいたいのはさ、うちの社長がベンツを買ったときのうれしさと、矢田君が軽自動車を買ったときのうれしさって、そんなに違わないだろう、ってことだよ」
「多分同じだと思います。軽自動車だって、あれがうちに届いたときは嬉しくてずっといじり回してましたよ」
「そうだろ。ベンツだって変わらないよ。そりゃ君の軽自動車の20倍の値段だったとしても、うれしさが20倍どころか2倍にもならない。多分同じ程度さ」
「なんかそれは僕もそう思います」
「ところがだ、マイケルジャクソンの買い物は、石ころを拾ってるのと同じだろ。いくら買ってもなんにもお金の心配なんてしてない。減ってないのと同じ。あといくら残ってるとか、これを買ったら他のものが買えないとか、そんなことまったく考えない。だから、感覚的には石ころを拾ってるのと同じさ」
「ええ、それと変わらないですよね。そんな感じでしょうね、きっと」
「石ころ拾ってもさぁ、脳に刺激なんてこないよな」
「こないっすね。エキサイティングになるわけないですよね」
「そうだろ。だから、大金持ちってのは、大金持ちになったことですでに買い物の楽しさを失ってしまっているんだよ」
「いやー驚きです。まさにその通りですねぇ。そう考えると、大金持ちになってことは、物質的には得るものがあっても、楽しさという意味では失ってしまうものなんですねぇ。それって、幸せを失っているってことですね」
「そうだよ。だから、大金持ちってのは、それだけで不幸なわけだ」
「意外ですねぇ。大金持ちになると不幸だなんて、考えもしなかった。なれるものならなりたいって、誰でも思うものですよね」
「それが人間の浅はかさだよ。バカだね。こうやってよく考えてみれば、ちょっとした買い物にもエキサイトできる程度の経済状態がいちばんいいんだってことがわかるのにね」
「いやー、ヒラリーマンさんって、僕が思っていた以上に思慮深いんですねぇ。感心しちゃいました。ヒラリーマンさんと飲むと、なんかいつも勉強させられますよ」
「あはは、そうだろう。んじゃ、もう一本つけて貰おうぜ。あっはっは」
「そうっすね。んじゃこれお注ぎしますから、ぐぐっとやってください」
「おお、わるいな。とととととーーっと、ありがと。おお、うめーっ。んじゃ、矢田君ももう一杯」
「すいません。んじゃお言葉に甘えて・・・・・・ととととーーっと、はいすいません。あーうまーい!」
「あはははは、楽しいなぁ」
「えへへへへ、楽しいですねぇ! それでヒラリーマンさん。大金持に、なりたくないですか?」
「え・・・・・・矢田君は?」
「あの・・・・・・な、なりたいです」
「・・・・・・な、なりたいよなぁ・・・・・・あはははは」
「えへへへへ!」

2003年10月3日(金) 電気屋の店員は八百屋でござい

 もともと不器用なのに、ちょっと壊れたビデオカメラの部品を自分で交換しようとして、失敗してしまった。
 ねじを外してちょちょいのちょいで終わるはずだったのに、ねじを外すと別のねじがバネと一緒に3つくらい飛び出してきたのだ。
 もう古いビデオカメラなので、これなら直すよりも新しいのを買った方がいいと結論して、僕は大手電気店に出向いた。
 店内は不景気などどこ吹く風というばかりに、人があふれている。
 この店は何度も来ているのだが、来る度に店員の顔が違う。よほど離職率が高いのだろう。
 どの店員も、早口でお客に商品説明をしていて、暇そうにしている店員はいなかった。
 だれか手の空いている店員はいないものかと思って見渡してみると、ひとりだけさえない顔の30男の店員が手揉みをしながら立っていた。
「らっしゃいらっしゃいらっしゃーーい!」
 彼の甲高い声が、店内に響いた。
 この店の店員はみな静かな声で「いらっしゃいませ」程度に声は出すが、この男のように大声で怒鳴っているのは珍しい。僕は直感的に思った。
「こいつ、この間まで八百屋だったに違いない」
 だいたいスーパーの野菜売り場に行くと、客の顔などろくに見ないでまるで単なる癖のように、「らっしゃいらっしゃいらっしゃーーい。ご利用ご利用ごりよーーうぇ〜」と意味のあるようなないような言葉をオートマチックで送りだしている。そしてこの店員もそれに極めて類似しているのだ。
「はーい、らっしゃいらっしゃいらっしゃーい。ご利用ご利用ごりよーーうぇ〜♪」
 やっぱり八百屋だ。
「あのーすみません」
「へいらっしゃい。なににしましょー!?」
 間違いなく八百屋だ。
「あの、ビデオカメラを探してるんですけど、安いものでいいんです。つまりなんて言うか、コストパフォーマンスのよいものね」
「ビデオカメラ。あいよーっ」
 絶対に八百屋だ。
「静止画とかはデジカメが別にあるから不要なんだ。ビデオの機能だけが欲しいの。なんかシンプルで、そういうデジカメ機能とかを排除したものって、ないですか?」
 と僕は八百屋に追加説明を行った。
「えーっと、そうっすねー。それだと・・・・・・」
 といいながら、八百屋は僕がみていたケースとはまったく離れた場所のケースから、ビデオカメラを持ってきた。
「これはもう、ビデオ撮影に特化した機能ですし、画像的には最高の画像です」
 と八百屋が言ったとき、僕は彼の首を締めてやろうかと思った。
 目の前に出されたのは、片手でもてるようなものではなく、肩の上に乗せて両手で支えるような巨大なビデオカメラだったのだ。
「それちょっとデカイ・・・・・・」
 僕がそう言いかけると、八百屋は自信たっぷりに説明を始めた。
「これはもう、テレビ局でも使ってる奴なんです。ちょっとした取材の時なんかはもうこれで十分。画像の鮮明度は抜群です!」
「あのね、あなた僕の話聞いてないでしょ?」
「いえ、聞いてやしたよ。お客さん、デジカメ機能のない、ビデオ機能に特化したもので画像のよいものってことでしたよね?」
「そりゃそうなんだけどね・・・・・・コストパフォーマンスはよくないでしょ、これ」
「そんなことありませんよ。これはもう、ビデオを撮るには抜群なんだから、コストパフォーマンスはバッチリです」
「そういうことじゃなくてね・・・・・・店員さん、この業界なれていないでしょ?」
 指摘された店員は一瞬顔色が変わった。
「そ、そんなことありませんよ」
 ロレツが回っていない。
「うっそだーぁ。この間まで八百屋だったんじゃないの?」
「そ、そんな・・・・・・八百屋なんかじゃありませんよ」
 八百屋は、力強く否定した。
「そう? でもなんか、変なんだよね。あのね、僕は安いのでいいって言ってるんですよ。こういうのじゃなくて、もっと安いので、よけいな機能がない奴が欲しいの」
「ですからこれ、よけいな機能がなくて、とってもいいものですよ」
「高いじゃない。素人なんだから、こんなのいらないですよ」
「そうっすかぁー。でも最近のものは組立が海外だったりするけど、これはもう国産ですしね」
「なるほど。国産。アスパラと同じだ。やっぱり八百屋でしょ?」
「え?」
「八百屋に行くとさ、アスパラもニュージーランド産と国産があって、国産の方も高いもんね」
「ええ、そうなんですよねー、お客さんよくご存じ!」
「ほら。やっぱりあなた、元は八百屋でしょ?」
「いえいえ、違いますよ。あたしゃ八百屋なんてやったことありません」
「あやしいなぁ。でもね、これって35万でしょ。僕はさぁ、5,6万のでいいの。それで余計な機能がないのがいいんだな」
 八百屋はぽんと手を叩いて他の商品を持ってきた。その仕草もモロ、八百屋なのだ。
「これどうでしょ?」
「なにこれ?」
 八百屋はハンディータイプの小さなビデオカメラを僕に手渡した。
「これね、お買い得。いいものなんですが、安いんです」
「なんで安いの?」
「これね、ちょっとだけ古いんです。賞味期限切れ!」
「やっぱり八百屋だ」
「どうしてですか?」
「電気屋だったら、型遅れって言いますよ。賞味期限切れなんていわない」
「いいますよ、最近は。どうですお客さん。これ、お買い得ですよ〜」
「でもなぁ・・・・・・」
「あーそれじゃ、テープもつけちゃう!」
「やっぱり八百屋だ」
「なんでですか」
「電気屋はそんなことしないもん。えーい、ニンジンもつけてやらー持ってけ泥棒!なんて、八百屋でしょ?」
「違いますよ〜いやだなぁーお客さん。もってけ泥棒なんて言ってないじゃないですかぁ。あたしゃもー生まれたときから電気や一筋!」
「ほら、八百屋だ。そういう寒いギャグ、大手量電気店の店員はいわないよ。そりゃ、八百屋に決まってる」
「八百屋じゃないですってば。じゃお客さん、こっちのこのビデオいかがですか。値は少々張りますがね、これは新製品で今日入荷したばかり、活きがいいです!」
 あれこれ見たけれど、商品があまりに多すぎる。あれじゃどれがよくてどれがお買い得なのかよくわからない。
 結局、もう少しネットで調べたりして、予備知識を得てからまた来ることにした。
 僕が店から出ようとしているとき、またあの店員が「らっしゃいらっさいらっしゃい!」と声を上げながら両手を叩いた。
 そして僕は、すれ違いざまに他の客がつぶやいた言葉に同意しながら店をあとにしたのであった。
「あの店員さぁ、前職は絶対に魚屋だぜ!」

2003年10月9日(木) ご利用は計画的に!

「ご利用は計画的に!」
 テレビを見ていると、この言葉がどのサラ金会社のCMにもでてくる。
 あれは法律ででも定められていて、CMに入れなくてはいけないものなのだろうか。
 でも、27%なんてすごい金利で借りること自体、ぜんぜん計画的じゃない気が僕はするのだ。
 もしかしてあれは、タバコの箱に書いてある「健康のため吸い過ぎには注意しましょう」とよりももっと無意味で、責任逃れのためだけに存在するセリフなのではないかと思ってしまう。
 だいたい、あのCMがすごい。
 金のなさそうなおっさんが、趣味の釣りのため船を買っちゃう。「ババンンババンバンバーン」なんて言いながらハワイに遊びに行くために借りちゃう。家族旅行に行く金がないとがっかりしている家族の前に、「あたしのへそくりよ」なんて言いながら奥さんがお金を出すが、実はそれは借金。
 こんな、いかにもサラ金地獄へ直行しそうな借り入れ例を見せておきながら、最後に「計画的に」とほざくのだ。
 それに引き替え、サラ金業界独走態勢の会社のCMは余裕だ。へんてこな借金例なんて打ち出す必要がないらしく、お金とはまるで関係のないCMをぶちかましている。
「あたし、踊る!」
「あたし、配る!」
 なんとも爽やかじゃないか。
 こっちもつられて街角で目の前に出されたティッシュを思わず受け取り、「わたし、もらう!」とつぶやいてしまう。危うくそのまま「わたし、借りる!」と言ってしまいそうだ。
 おかげでうちの子供はあれをダンス教室の生徒募集をティッシュ配りのおねえさんがやっているのだと思って、テレビの前で一緒に踊っている。
 そんなサラ金業の中、もっとも良心的と一瞬思ってしまうのが1週間金利ゼロという画期的な方針を打ち出した会社だ。1週間金利なしということは、お金を借りても1週間のうちに返せばまったく負担金がないのだからすごい。
 これぞまさしく「ご利用は計画的に」できる人にとっては、最高のプランだ。
 とっさの時にデート代がない、飲み代がない、タクシー代がない! そんなとき、金利ゼロで借りて明日返せばなんて便利なお財布代わり! これこそが「ご利用は計画的に」と本心で言えるシステムじゃないか。
 ところがどっこい。実際に1週間以内に返金しちゃう連中ばかり客になったら、あの会社は潰れちゃうはずだ。
 でも潰れない。それはなぜか。
 それはきっと、「一週間で返すつもりで借りたのに、ついつい1ヶ月借りちゃいました」みたいな、無計画なあんぽんたんが多いからだ。
 利益を追求する企業としては、当然こういうプランを起案したときに、「こうやってこれだけ利益が上がる」という計画を立てているはずだ。そうしないと会社の経営会議で採用されるわけがない。
 きっと会社の経営会議ではこんなやりとりがあったはずだ。
「ということで、1週間は無利子で貸すという仕組みです、社長」
「なにを言っとるんだね、金田部長。これだとうちはまったく利益にならないじゃないか!」
「ご心配いりません、社長。1週間無利子だなんて、これはただの餌ですよ」
「それはどういうことかね?」
「こう言ってはなんですが、我が社から借金を使用なんて言う連中・・・・・・失礼、ははは。お客様に、まともな経済観念を持っている野郎なんて・・・・・・あ、しつれい、あはは。計画的に返済を実行しうる人物などほとんどおりません」
「ふむふむ」
「一度金を借りたら最後、ずるずると借りっぱなし。利子は取り放題で、じっくりとケツの毛まで抜かせてもらいます。あっはっは!」
「下品じゃないかね、部長。そこは、『お尻』とかわいく言いたまえ、あっはっは!」
 こんな具合だ。
 ということは、あの会社は最初からそういうあんぽんたんが借りに来ることを期待しつつ「1週間は無利子」を企画したに違いない。
「ご利用は計画的に」どころか、実際には「超いい加減無計画人間大募集」の企画なのである。
 そう考えると、こっちの方がよっぽどあくどいのではないかと僕は思うのだ。
 そんな見え見えの商売だけど、「飲み放題2000円ポッキリ」のピンサロに入って2万円払って出てくる客がいる限り、そんな商売でも成り立ってしまうのだろうなぁと思うのであった。

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