ヒラエッセイ

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2001年2月6日(火) 安物買い

 安田部長は名前とは逆で、安いものがきらいだ。
 安いものがきらいというのは、安物が嫌いという意味ではない。もちろん安物もきらいなのだけれど、同じものでも安く買うのがきらいなのだ。
「安田部長、いい時計してますね」
「わかるか? これな、いくらしたと思う?」
「7万くらいですか?」
 近所のディスカウントショップでそれと同じ時計がガラスケースにはいっているのをみたことがある。たしかそのとき7万円くらいだったと記憶していたのである。
「そりゃおまえ、バッタ屋の値段だろ。12万だよ、12万。はっはっは」
 7万円で売っているものを12万円で買ったと自慢する安田部長の神経は僕には理解できない。
 普通、欲しいものがあったらそれをなるべくやすく買おうとするものだ。たとえばパソコンだったら秋葉原の店をいくつか回って、最も値引率の高いところで買うとかするし、車を買うときにはいくつかのディーラーに見積もりを出させる。
 もしも自分が高く買ったものが安く売られていたら、「なに、7万で売ってたのか、くそーー!」と地団太を踏むものだ。ところが安田部長の場合は「高く買った」ことに意義があるらしいのである。

「ヒラリーマン君。パソコン買おうと思うんだけどなにがいいかね?」
「これくらいのでどうですかねぇ?」
「いくらするんだ?」
「秋葉原で買えば、15万くらいですよ」
「いや、俺は近所の電器屋で全部買ってるから、電器製品は。冷蔵庫からなにからみんなそこでかってるから、多少の無理もきくしな」
「でも、高いでしょう?」
「高いよ。だから、なにかと多少の無理もきくんだよ」
「たとえば、どんな無理です?」
「値引きとかさ」
 なんだか矛盾した話だったりするのだけれど、それでも安田部長はそれで満足なのである。
 そして、安田部長の高い物好きはプライベートだけにとどまらない。
「おいヒラリーマン。明日九州に出張に行くんだけど、インターネットで飛行機の予約する方法教えてくれないか?」
「いいですけど、チケットは金券ショップで買ったほうがいいですよ」
「なんで?」
「安いですもん」
「やだよ。スチワーデスは美人のほうがいいからな」
 どうもこの人はわかっていないらしい。正規料金で乗っても安チケットで乗っても乗る飛行機は同じだ。チケットによってスチワーデスが美人になったりブスになったりはしないのだけど、安田部長はそう言い張るのだ。
 とにかく同じものでも高く買えば結果がよくなり、安く買うと悪い方へ行ってしまうのだと思い込んでいる。おそらく、過去に大きな買い物でケチって失敗をしたトラウマでも抱えているのだろう。
「そういえば君のところの矢田くん、結婚するんだって?」
「そうなんすよ、安田部長。あいつもついに年貢の納め時ですかねぇ」
「年貢もいいけど結納はどうするんだ。結納金だけは決してケチらないように、矢田くんに言っておいてくれよ。俺は結納しなかったんだよなぁ・・・・・・」
 取り返しのつかない過去を悔いるような目で、安田部長は空を見上げるのであった。

2001年2月26日(月) 総理の人気がないわけ

 僕は実のところ、森首相がどうしてあんなに評判が悪いのかよくわからないのである。
 無能だというけれど、無能だったら幹事長も出来っこないはずだが、幹事長としてはそれなりに評価をもらっていたので、馬鹿ということもない。
 ましてや無能無能と言いながらだれも政治的手腕の無能さは語らないで、言っているのはどうでもいいチョンボの話ばかりなのだ。
 首相としてやってはいけないとんでもないことをやったのかというと、言っちゃいけないことをぺらぺら喋ったと言う割には、喋った内容がそんなに大きな問題にはなっていないのだから、これは大したことはない。
 日本の訓練船が潜水艦に衝突されてしまったときにゴルフを続けたという事件についても、そんなに問題かというととても疑問なのだ。
 総理大臣だってウンコもすればおしっこもする。野球もみればゴルフもやる。だから別にゴルフ場にいてもおかしくない。
 問題は事故の一報を聞いた時点でゴルフを続けたことだと言うのだけれど、潜水艦が攻撃してきたという国防問題ならいざしらず、事故だと言うのなら相手が潜水艦でもイカ釣り漁船でも同じじゃないだろうか。
 総理大臣たるもの、国民に対しては平等に振舞うべきだ。事故の相手が潜水艦でも4トントラックでも、事故だというのなら同じことだ。
 うちの近所で交通事故があっても総理大臣の耳にもはいらないし、東北自動車道で玉突き事故があって死傷者が出ても総理大臣は動かない。うちのばあさんが雪で転んで腕を骨折しても、総理大臣は電話の一本もくれなかった。当たり前なのだ。
 事故の範疇で総理が出ていかなかったら話しがつかないというのなら、それは国家としての機構がおかしいのだから、そのほうが問題とされるべきだろう。
「あの事故のあと、プレー中に森首相は高笑いしてました。常識を疑います」
 なんてキャディーがチクっていたとかいないとか雑誌がとりあげていたけれど、あれもあほらしい話しだ。
 会ったこともない他人の不幸というのはその場では哀悼の意を表するのが礼儀だけれど、その悲しみの圏外へ出たら関係ないものだ。そんなの総理大臣だっておなじこと。
 もしもあの時森総理がゴルフ場でグリーンに突っ伏して、「ああ、なんていう悲劇が起きてしまったのだ。おお、神よ。行方不明の乗組員たちを救いたまえ」と涙して、そのあともずっとワンワン泣いて沈んでいたらきっと新聞はこう書きたてるに違いない。
「たぬきにきつねがついた」
 だいたいあんなことを書いていた記者はちょっとした義理で他人さまの葬式に出席したとき、お焼香が終ったあとに奥座敷で寿司を食いながら談笑したことはないのだろうか。僕は馬鹿笑いして顎をはずした人まで見たことがある。
 ポーズをとらねければ批判をし、ポーズをとればまた批判する。要するに、なにがどう悪いのではなく、国民の多くは森首相が嫌いなのである。もう理屈じゃなく、嫌いなのだ。
 それはお相撲で「北の湖が嫌い」と言うのとまったく同じで、能力がどうとか性格がどうかなんてことは関係なく、とにかく見た目や印象が嫌いだから、なにがなんでもケチをつけたいのだ。
 僕としては、見た目では勝るとも劣らない。いや、100倍くらい凄いともいえる亀井静香氏あたりが総理になったら、国民の反応がどうなるのかとっても楽しみなのである。

2001年2月27日(火) サラリーマンのお葬式

 部長のご母堂様が亡くなった。
 このご母堂様というのは、他人の母親に対する尊敬語なのだけれど、これは僕が社会人になって初めて頻繁にお目にかかるようになった言葉だった。しかも、よほど改まった場でしか使われないので、普通の人の場合は葬式くらいでしか出てこない言葉なのである。
 そのご母堂様がお亡くなりになったのは一昨日のことだった。そして喪主である部長は昨日の朝会社に顔を出すと、上司である常務にことの次第と休暇願いを出して、こう言ったのである。
「というわけですが、葬儀は家族だけで執り行いたいので、他の方の参列ならびに香典などは一切遠慮させていただきます。それが故人の希望でしたので」
 僕は自分が死んだあとにどうしろという注文をつけるつもりはない。宴会をやりたければやればいいし、密葬にしたければそうすればいい。死んだ後なんて知ったこっちゃないのだから、どう料理されてもぼくは一向に構わない。後に残った人がやりやすいようにさせてやるのが、いちばん面倒じゃないはずなのだから。
 ところが、夜の中には「わたしが死んだら・・・・・・」とやたらに注文をつける人が多いのに驚いてしまう。
「俺が死んだら、モルジブの海に、俺の骨を砕いて流して欲しい」
 僕の親友はこんなことを言っているけど、奴が死んだら骨はうちの便所に流しちゃえばいい。便所から流れた骨は手賀沼を経て利根川に続き、そして太平洋に注いでいる。モルジブの海は太平洋と続いているのだから、行きたければ勝手に泳いでいけばいいのである。
 しかし、「家族だけで」という願いは家族の手を煩わすことなく、しかも顔も見たことない義理でやってくる人たちなど遠慮してもらって、家族だけで送ってもらいたいという、故人の切実な思いと感じられるものだ。
 部長は報告を済ませると葬儀の手配をすべく帰宅した。そして常務はことの次第を総務部に連絡したのだ。
 御母堂様がお亡くなりになれば部長には特別休暇が与えられるし、扶養家族が一人減るので給与計算も変わってくる。それに会社から慶弔金が支給されるのだから、総務部への報告は当然だった。しかし問題はここからだった。
「いくら遠慮するといっても同期の俺たちくらいは、香典を包もうじゃないか」
 と、部長と同期入社の総務部長が言い出したのだ。ことの発端はこれだった。
「そりゃそうだ。俺だってオヤジが死んだときには彼に香典をもらってるしな。香典だけと言うわけにもいかんだろう。同期の俺たちだけでも参列してはどうだ?」
「そうだな。そうしよう」
 これまた同期の企画部長まで賛同したのだから、「同期は葬儀に参列」という決定が即座になされてしまったのである。
 しかし、部長の同期はなにも全員が部長になっているわけではなかった。実は、我が部の町田課長は部長の同期なのである。つまり、同期入社で上司と部下と言うありがたくない関係なのだ。
「わかった。それなら俺も参列するよ。上司とはいえ、同期だし」
 部下と言う立場上、「俺は行かない」とは町田課長もいえない。次長への出世に同期である部長の後押しはぜひ欲しいところだ。
 ところが話しはこれで終らなかった。部下である町田課長が参列すると言うことに、他の課長が黙ってはいなかったのだ。
「町田課長が参列されるなら、我々としても行かないわけにはいかんでしょう」
 部内の他の課長たちも一斉に参列を表明してしまったのだ。
「まぁ、そんなわけなんで、課長たちが行くというのだから俺だけ行かないわけにはいかないだろうからねぇ、あっはっは」
 ついでに参列表明をしたのは課長代理の狩野さんだ。彼は我が部の課長数名と同期か或いは先輩で、彼らに遅れること数年たってやっと管理職になった。管理職になった彼はことあることに「僕たち管理職は」という接頭語をつけて話しをするという話法を編み出して一躍有名になったのだが、いつまでたっても課長になれない。したがって管理職か管理職じゃないかで人種を分けることで自尊心を保つことに決めたらしく、他の管理職である課長たちがやることは全部真似したいと言うのが彼の行動指針なのである。
 ところが、一般社員からみると彼は名ばかりの管理職で、平社員と変わらない。だから事実上平社員の狩野さんが葬儀に参列するとなったら中堅の平社員たちが黙ってはいない。
「それなら我々も参列させていただこうじゃないか」
 別に葬式が好きなわけでも故人の死を悲しみたいわけでもない。サラリーマンとしてつつがなく、部長の覚えめでたくしていたいだけなのである。あいつがいくのに俺が行かなかったら、部長がなんと思うか。周りがどうみるか。これが問題なのだ。
 そんなわけで、あれよあれよと言ううちに参列者は膨れ上がり、ついには他の部署にまで飛び火し、あっという間に普通の葬式と同じだけの参列者になってしまったのである。
 こうなったらもう遠慮がない。花輪は出すわ、取引業者には連絡するわ、弔電を打ちまくるわ、大騒ぎ。
 そして業務上参列出来ない人には誰が言い出したのか「有志」ということで一人5千円の香典を集めることになった。
「強制じゃありません。有志ですから、任意です」
 なんていいながら集めるのだけれど、目の前に来て「はい、5千円」と手を出すのだからたまらない。これじゃ「任意同行です」と言いながら腕をつかんでる刑事と同じで、どうにもならないのだ。おまけに「有志」と言われたら、出さなきゃ「志がありません」と言うことになるのだからたちがわるいのである。
 この騒ぎは半日続き、故人の遺言を完全に無視した葬儀が執り行われることになったのである。
「部下はできれば参列・・・・・・」
「60年入社同期はみんなで・・・・・・」
「有志だけで・・・・・・」
 これだけのあらゆる攻撃をすり抜けて、ただ一人参列もせず香典も出さずに済ましたこの僕は、果たして「故人の意思を尊重した」のか、それとも「薄情でケチ」なのか、その裁定は次回の成績評価で明かになるのである。

2001年2月28日(水) たちの悪い風邪

 また風邪をひいてしまった。
 大きな病気はしないわりに、僕はよく風邪をひくのである。一年に何度もひくからたぶん生涯ですでに200回以上はひいている、風邪のプロなのだ。
 もしも僕が現代人でなく、薬剤も満足にない時代の人間だったら、きっととっくに死んでいるに違いない。
 風邪とか感冒とかいうけれど、果たしてこれは一つの病名なのだろうか。世の中に風邪薬と言われるものはたくさんあるけれど、どれも症状を押させるものばかりで、風邪自体を退治すると言うものではないらしい。
 僕は風邪をひいたらすぐに医者に診てもらうようにしている。診てもらうというのは正確ではないかもしれない。なぜならだいたいこんなやり取りで終ってしまうからなのだ。

「どうしました?」
「風邪をひきました」
「ほう、いつからですか?」
「ええと、2,3日前からです」
「咳はどうですか?」
「ちょっとだけです。あと喉がいたいです」
「他には?」
「それだけです」
「じゃー、喉の痛みをとる消炎剤と咳止め、それから抗生物質を出しておきましょう。4日分です。今年の風邪はたちがわるいですからね。お大事に」
「どうもありがとうございました」

 風邪だと診断してるのは医者じゃなくて僕なのだ。医者は症状に合わせて薬を出しているだけなので、ほとんど薬屋さんに近い。
 しかし、薬屋さんで薬を買うよりも保険が効いて安いし、なによりも抗生物質と言う凄そうなものがついてくるのが医者の魅力なのである。
 それにしても、どうして医者は毎年毎年「今年の風邪はたちがわるい」というのだろう。去年も一昨年も、「今年の風邪はたちがわるい」と言っていた。そしてあるときは「今年の風邪は特にたちがわるい」と「特に」まで入っていたりしたのだ。
 考えてみれば、物心ついてからいままでずっと、
「今年の風邪はたちがわるい」
 だったような気がする。
 いったいいつになったら、
「今年の風邪はたちがいいですから、ごきげんですぜ」
 という年が来るのだろうかと、そんな疑問を感じながら、僕は鼻水をすするのであった。
 あ、鼻の薬もらうの忘れた。

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