ヒラエッセイ

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1999年10月1日(金) ユースホステルに泊まろう2

 食事が終わると僕は、談話室に行った。昔は食器を自分で洗わなくてはいけなかったユースだが、最近はそんなことをしなくてもいいところが増えているらしく、ビールの自動販売機まで置いている。
 青少年の育成云々というお題目は変わっていないはずなのに、客が減るととたんに皿洗いをやめたり酒を許可したりするというのは、「育成……」なんて言葉を使うにしてはなんともチンケな話だ。
 結局大した信念があったわけでもなく、格好ばかりつけていただけだから金に困るとさっさとルールを変えちゃうのだろう。
 インチキ正義を振り回す変態的ユースホステル病の泊まり客はともかく、「安いから泊まる」という普通の人間の客達はその程度のことだろうと最初から見抜いているから、くだらない規則を守るつもりなどなく、酒を食らったり、女子棟に潜入してセックスしちゃったりしていたのである。
 この辺の問題を大学のユースホステル部はどう考えているのか。そういう点を十分分析してもらって……。
 ま、いいかユースホテスル部はもう。

 談話室へいった僕は、ここで純日本的な場面に遭遇してしまった。
 男も女も談話室に入ってくる。談話室にはコーヒーと紅茶と日本茶が置いてあって、自由に飲むことができるのだ。
 ここに来るということは、誰かと話がしたくて来るのだけれど、日本人というのはなかなか自分から声をかけるということができないのである。
 できれば男は女、女は男とお話ししたいなんて思っているのが普通で、だからこそ女性は十分に化粧直しをしてやってくるし、男も旅疲れでしなびたポコチンが悪臭を放たないように風呂に入ってきたりする。
 十分準備をして談話室入って来たくせに、周りを見渡してからおもむろに書棚の本をつかみ、大して読みたくもない本を手に、異性の近くに座ったりしているのだ。
 まるで「わたし、本を読みに来ただけなの。べつに、話をしたいとか、そんなのじゃなくて……」なんて態度なだけれど、目玉は本の上を動いていなかったりするのである。
「どちらからですか?」
 試しに話しかけてみると、まるで本を放り投げるような勢いで身を乗り出してきて喋り出すのだから面白い。
 喋りだしたらもう止まらない。旅のおかげで気持ちが開放的になっているからしゃべりは凄いしあっと言う間に意気投合してしまう。
 お互いに変な心の壁を作らずに楽しく話が出いるというのは嬉しいことだから、旅行に行ったら勇気を振り絞ってでもいろいろな人と会話をするべきなのである。
 しかし、なかなか自分からは行動できない。だけれど本当はお話ししたいというへんてこなこの雰囲気。これは日本人の代表的な行動パターンなのである。
 僕がボーッとしていたときも、吊り目のおねーちゃんが入ってきて、横目でみんなの様子を見ながら本を物色するフリをしていたのだけれど、誰も声をかけてくれなかったので寂しそうに出ていってしまった。

 何人もが談話室にいるのに談話が全くない異常な雰囲気。そんな張りつめた空気を一気に吹き飛ばしたのが僕と同室の中年プータロウだった。
「あーん。あーん。Where do you come from? あ、didだったかな……」
 突然デカパイの外人さんに声をかけたのだ。
「おう、USA」
「USA。おう、グレートグレート」
 なにがグレートなんだろう……。
「How do you think about japan?」
「おう、ペラチョペラチョペラペラペラチョペペラペラッチョ……ビューリフォー……ペラチョ」
「あ。あー。アイシーアイシー」
 彼の顔色からすると、わかったのは「ビューリフォー」だけだったみたい。その証拠にそのあと彼は、彼女が「次はなに。なんでも聞いてよ。お話ししましょうよ」という顔つきで待っているにもかかわらず、急に下を向いて本を読むフリをしながら固まってしまったのだ。
 しかしこのプータロウのオッサン、いったい何をしたくてデカパイアメリカンに話しかけたのだろう。
 中学生以下の英語力をみんなに披露したところでアホだと思われるだけだし、国籍と日本の感想を訪ねただけでデカパイアメリカンが「あなたサムライ。今晩ぜひファックしましょう」なんて言い出すわけもないのだ。
 この白けきった雰囲気をいったいどうしてくれるのかとみんなが見つめていたら、なにを思いついたのかプータロウはいきなり足を広げて開脚運動を始めた。
「お、柔らかいですねぇ」
 そう彼の突飛な行動をサポートしたのは顎のとがった男性ヘルパーだった。
 ユースホステルでは宿主をペアレントと呼び、その手伝いをする人たちをヘルパーと呼んでいる。
 つまり宿主は「旅先での親代わり」であり、「ユースホステルは旅先での我が家」という臭いお題目で成り立っているのがユースホステルで、だから客がくると「いらっしゃいませ」じゃなくて「おかえりなさい」なんていう妙な挨拶をするのである。
 なるほどそれなら親の手伝いをして皿を洗うのもうなずけるけれど、子供から宿賃を取り上げる親なんているわけがないのだから、これはくだらないおままごとに過ぎない。
 ヘルパーはほとんどタダ働きで、「ユースが好きだからいいんだ」みたいな変な奴ばかりが集まって特殊な雰囲気を作り出す。
 人間はサド系マゾ系のどちらかに分類できるそうだけれど、ヘルパーはほとんどはマゾ系の若者で構成されているのだ。
 顔のことをいってはなんだけれど、僕の個人的感覚的統計によると、顎が尖ってやせている男はだいたいイヤな野郎なのである。

 アゴマゾヘルパーに誉められてプータロウはニコニコしている。なんでもプータロウは暇なせいかスポーツクラブでストレッチをやっているのだそうで、脳味噌は硬いけれど体は柔らかいらしいのである。
「すごいですね。120度は開いてますよ」
「ははははは、そうですか。いや、最初はダメだったんですけど、やっぱり訓練ですかね」
 プータロウは上機嫌で自慢をはじめた。
 すると、さっきまで横で婦人雑誌を読んでいた40代半ばのおばさんも、いきなり開脚をはじめたのだ。
「うぉーーーっ、こっちの方が凄い」
 おばさんの足は160度くらい開いているのだ。
「もの凄く柔らかいですね」
「ええ。あたし、少林寺拳法やっているんですよ」
 なんと、おばさん拳法使いだったのである。
「明日、この近くで少林寺の大会があるの。それでここに泊まっているのよ」
「オウ、グレート!」
 デカパイアメリカンもおばさんの開脚に感心していた。
「おれ、こんなもんかな」
「あたし固いのよね」
「これが限界ですよ」
「俺もやって見よ。ちぇっ、かたいや」
「あたし、昔は柔らかかったんですよ。あ、いたた」
 さっきまで無口だった談話室のみなさんは、東海村のウランみたい連鎖的に開脚運動をいっせいに始めてしまい、開脚運動の臨界状態になってしまった。
 談話室にいる10人ほどが全員足を広げているので、あとから入ってきた人はビックリして入り口で立ち止まってしまう。
 まさに談話室は放射能漏れの危険区域みたいに異常な状態になってしまったのである。

 ただし、開脚をしているのは日本勢だけで、ミニスカートのデカパイアメリカンは感心してみているだけ。と思いきや、彼女もいきなり大股を広げて挑戦したのだ。
 ヨイショヨイショと開脚をしてそれからおもむろに股ぐらに短いスカートをかぶせて隠したけれど、数秒間丸出しになった露わな状態を見た男性陣はいっせいに足を閉じてしまった。
 制御棒が反応して臨界状態が収束に向かったのであった。

(つづく)

1999年10月5日(火) ユースホステルに泊まろう3

 談話室をあとにすると、僕は部屋へ帰った。
 あの野戦病院みたいなベッドで寝るのはいまだにいやだけれど、部屋で他のホステラーと話すのは、ユースホステルの醍醐味なのだ。
 例えばペンションや旅館に1人で泊まると最初から最後まで1人でいることになる。ビジネスホテルで女性泊まり客にいきなり、
「どちらからですか? いい天気ですね。お仕事ですか、それともレジャーで?」
 なんて話しかけたらタダのナンパだと思われて逃げられちゃうのがオチ。しかし、ユースホステルというところはそういう会話をするのが常識なのである。
 もちろん寝室には同姓しかいないのだけれど、それでもいろいろなところから来ている旅行者や外国人と話ができるのだ。
 僕はそんな楽しみを求めて寝室に戻ったのである。

 部屋に入るともっとも入り口近くに寝ていた三年寝太郎はまだ寝ていた。いや、きっとこのまま明日の朝まで寝ているのだろう。
 寝太郎の隣は国籍不明のカッパだ。やつは起きていたけれどベッドの上に座って、ごそごそと何かの準備をしていた。
 チャールズ皇太子はベッドにひっくり返って本を読み、プータローはベッドメイキングをやっていた。
 モヒカンは部屋の中央にあるテーブルに手をのせて、つめの手入れをいてをしている。僕の姿を見ると顔を上げて、
「ペペラペラ、ヘッ。ペラペラッパ、ハッ。ペペラッタ、ハーン!?」
 と言った。だいたいのところ、こんなことだろう。
「よーっ、おっさん。もう寝るのけ? この部屋はよう、なんだか俺の趣味じゃねーぜ。この俺様にこんなベッドに寝ろってのかよ、ふざけやがってよ。女もいねーしよう、冗談じゃねーぜ、なぁ、おっさん。ところでよ、ドラッグもってねーか?」
 もってねーよ、バカ。
 こいつと話をしてもしょうがないと思い、僕はベッドにあがりながら、だれか話し相手になってくれないものかと一人一人を観察した。
 すると、突然そのとき奇声があがった。
「ヒョーーッヒッヒッヒッヒッヒッポッポハーーーンダンダンダンダ、ハッハッハッハッハーーーッ」
 なんと、カッパのやつが枕の上に折りたたみ式の台を置いて、その上に妙な人形をのせて両手をついて拝み始めたのだ。革細工で作ったような人形で、顔は唇の太い男のようだけれど、スカートみたいなものをはいていた。
 カッパはその人形を両手で撫でるようにすると突然両手を大きく広げて頭上へ持っていき、それから頭と一緒に両手をベッドにこすりつけながら叫んでいるのである。
 とてもまともとは思えないのだ。
 しばらくの間だあんぐり口を開けっぱなしにしてみていたモヒカンは、思い出したようにガムをクチャクチャやりながら両手を大げさに広げて、
「なーんてこった。てめーはいったいなーにやってんだよ、あーん? おっさん、おめー、頭おかしーんじゃねーか?」
 みたいなことを言いだした。
 僕がモヒカンに「まあまあまあ」という感じのジェスチャーを送ると彼は、
「信じらんねーぜ、ったく」
 みたいなことを言ってから、とがった頭が崩れないようにキャップをかぶってベッドに入ってしまった。

 モヒカンが寝たあとも、しばらくお祈りは続いた。
「フンダラフンダラフンダラターーッ、タッタッタッタッタハーーーッ!」
 チャールズはいったん閉めて寝ていたがカーテンを開けて顔を覗かせ、カッパを見て、「オーマイガーーッ」と叫ぶとそのまままたカーテンを閉めて寝てしまった。
 そのうちプータローも顔を出して、「なに教ですかねぇ?」なんて僕に聞いたけど、そんなもの僕が知るわけもないのだ。
 これじゃとてもじゃないけれど、誰かと楽しく親交を深めるというようなことは望めそうにない。
 そして、約30分にわたるへんな呪文が終わると、カッパも布団に入り全員消灯となったのである。

 ユースは9時消灯。小学生じゃあるまいし、バカじゃないだろうか。
 とはいうものの、意外とみんなの寝つきが早く、あっという間に寝息が聞こえてきた。もっとも早くいびきをかいたのはカッパだった。
 あれはもしかすると安眠のお祈りだったのだろうか。
 しかし、たまには早寝もいいものだ。これなら7時に起きても10時間睡眠。旅の疲れも一気に取れるだろう。きっとしばらくぶりの安眠が得られる……と思ったのは大間違いだった。
 なんと真夜中にとんでもない事件が発生し、全員がたたき起こされる羽目になったのである。

(つづく)

1999年10月8日(金) ユースホステルに泊まろう4(完)

「痛いよう。いてぇ……。いてぇ……。あああ……こんななっちゃったぁ……いてぇ。いたい……」
 僕は夜中の3時にこの声で目がさめてしまった。声の主は僕の隣のベッドで寝ているプータローだ。
 ささやくような声だけれど、繰り返し「痛い痛い」と言われれば、気になって眠れるものじゃない。
 それでもしばらくしてまた睡眠に入ろうとすると、またささやきが始まるのだ。
 いったい何をうなっているんだろう。
 頭でもぶつけたのだろうか……。
 そういえば、ベッドには一つずつ棚が付いている。その棚はベッドから30センチくらいの高さで15センチくらいベッドに飛び出している。つまり、ベッドとその上に中刷りになっている棚の間に人間が寝ているという状態なのだ。となれば、夢でも見て飛び起きると脳天に棚が直撃ということも考えられるのである。
 いや、これだけ長い時間うなっているところをみると、もしかして腹痛かも知れない。しかし、もしそうだとしてもいい歳のおっさんが「痛い痛い」というのも変な話なのだ。
 そしてしばらくすると彼のうなり文句が変化してきた。
「どうしよう。いてぇ。どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
「痛い」から「どうしよう」に変わったのだ。

 こうなるともう、いったいなにが起こったのか僕はどうしても確かめたくなってしまった。
 僕はユースホステル独特の寝具である、スリーピングシーツから這出て、プータローに声をかけた。
「いったい、どうしたんですか?」
 僕はそう声をかけながらカーテンを開けかけた。するとプータローが叫んだのだ。
「危ない、危ないです!」
「えっ?」
「カーテンを触ったら危ない。離れて!」
 僕は慌てて手を引っ込めた。
 いったい何事なのだ。カーテンがどうしたというのだろう。
 僕はカーテンを注意深く見つめながら、左手でベッドの中の小さな蛍光灯のスイッチを手探りでさがし、スイッチを入れた。蛍光灯は何度かまたたいて、そして青白い光をカーテンに照らしたのである。
 げっ!
 
 そこにはなんと、体長15センチにも及ぶ巨大なムカデがくっついていたのだ。
「そいつに刺されたんです。さっき、足をそいつに……」
「大丈夫ですか。腫れたりしてませんか?」
「わかりません、暗くて。でも痛いです」
 ムカデというのはムカデ綱の節足動物のうち、ゲジ目を除いたものの総称で毒を持っており、人間に対しても害になる種類もいる。僕は刺されてはたまらないと思い、手元にあった新聞の束でカーテンに引っ付いた気味の悪いこの節足動物を叩き落した。
「わっ。どこかに行っちゃったら大変ですよ」
 プータローが慌ててベッドから下におり、部屋の灯りをつけた。ムカデが暗い中を這い回り、また誰かのベッドにもぐりこんでチクチクやっては大変だと彼は思ったのだろう。

 プータローが部屋を明るくしてみると、ムカデは僕のベッドのすぐ下にうずくまっていた。
 そして電灯の灯りで目を覚ましたチャールズが、
「皆様、いったいなにごとですか。今何時だと言うのですか。眩しいじゃありませんか」
 みたいなことを言いながら、起きだして来た。寝ぼけ眼で立ちあがったチャールズは、危うく素足でムカデを踏んでしまいそうだった。
「危ない!」
 プータローの叫び声に、日本語のわからないチャールズも危険を感じたらしく、さっと一歩飛びのいた。
「危ない。ね、それ。ええと、英語じゃなんていえばいいだっけ……」
 英語で話さなければいけないと思ったのだろうけれど、プータローの未熟な英語力では到底ふさわしい言葉が浮かんでこない。
「ええと、ムカデいるいる。あぶいあぶい」
 それって、赤ちゃん用語じゃ……?
 しかし、チャールズは足元の虫に気がついた。
「オーウ。ペラペラワーム。ペペラペラペラペペラペラ、ポイズン!」
 多分、毒虫じゃあーりませんかと言ったのだろう。
「イェス、イェス。ワームワーム。ヒーハズポイズン。ミー、ササレータ。痛イコトアル」
 プータローの英語はなんだか小沢昭一演じる中国人みたいになっちゃった。
「ペペラッペ、ハン?」
 この騒ぎでやっとモヒカンも起きだしてきた。
「ヘイ、ペペラペラペラペラ。ハーン。ペペラッペ、ペラペラ、ハーン。ペペラペラペラ」
 これはつまり、
「うっせーなてめーら、あーん。いったい何やってんだってんだよ、こんな夜中によぅ」
 なんてことを言ったのだろう。
 両手を広げ、目んたまを剥き出してチンピラみたいに口をおっぴろげた顔を小刻みに上下しているのだ。
「毒虫に刺されたんですよ、モヒカンさん」
 チャールズが英語でそう説明すると、
「おう、そりゃてーへんじゃんかよ。医者はいいのかよ、医者は。毒虫だろ。サソリか?」
「こいつだよ」
 チャールズが指差すと、プータローが刺された恨みを込めて、虫をスリッパでひっぱたいていた。
 そのうちにカッパもごそごそと起き出してきて、ことの次第はチャールズが説明した。
「ワーム? ペペラペラペラ、フンダラカンダラ」
 それ、焼いてウォッカにつけると薬になるね、といったかどうかはわからないけれど、何か意見はあったらしい。
 
「んでよぅ、刺されドジ野郎はどいつなんだい?」
「そこのプータローさんです」
「おうおうおう、おめーか。それで自分でスリッパを武器に敵討ちってか。へっへっへ。よう、おっさんよぅ。てめー大丈夫なんかよ。あのよぅ、夜飯食ってたとき一緒のテーブルだったねーちゃんが、オランダ人の医者だったぜ。俺がひとっ走りねーちゃんドクター呼んでやろうか。よう、おっさんよぅ」
 モヒカンはチンピラ独特の、右向いたり左向いたりする動作を加えながらしゃべりまくったけれど、結構親切なやつらしいのだ。
 しかし、この時間にモヒカンが女性棟に入っていったら騒ぎになるに決まっているのである。
「大丈夫ですよ医者は。大丈夫。平気ですよ」
 そう言いながら、プータローは2段ベッドに上がって行った。
「ちょっと待てよ、おっさん。おっさんよう、ちっとおれっちに足見せてみーよ。場合によっちゃよぅ、医者呼ぶからよう、あのねーちゃん。オッパイでけーんだぜ!」
 話の内容がわかったというわけでもなく、なんとなく相手のジェスチャーとかでわかったみたいで、プータローは体を起こしてベッドに体育館座りすると、足をモヒカンに見せた。

「うわーーっ、こりゃひでーや。いひゃーー-っ、気持ち悪い! こんなんなっちまった足、はじめて見たぜ。こりゃひでーや」
 プータローの足を見たモヒカンは大げさに叫んだ。 
 相当重症らしいのだ。
「そんなにひどいのですか。ではどうぞイギリス紳士のこの私にもお見せください」
 チャールズも除きこんだ。
「うわーーーっ。こりゃあなた……寒気がします。な、なんですかいったいこれは……」
 チャールズさえも驚く状態らしいのである。
「フンダラカンダラフンダラカンダラホレホレハーーッ!」
 カッパがへんな呪文を唱えて身を清め、そしてベッドからおりるとプータローの足を見た。
「ぎゃっ! な、な、なんだいこりゃ。こりゃ神様にお祈りしなくちゃいけないよ。ああ、おはらいしなくちゃ。フンダラフンダラベロベロバーーッ!」
 凄い状態らしいのである。
 きっと毒虫の一撃で彼の足は腫れ上がっているのだろう。
 いや、もしかするともっと強い毒で彼の足はすでに腐りかかっているとか、そういう状態なのかもしれない。
 そうならやっぱり医者を呼ぶべきだろう。
 僕は恐る恐るプータローに近づいた。そして、彼が自分でなでなでしたり両手で広げている足の指に目をやったのだ。
 するとそこに見えたものは……。

「ゲゲゲゲゲーーーーーッ! な、な、な、なんじゃこれーーーっ!」
「ここがね、ここ刺されちゃったんですよ。ほら、ちょっと赤くなっているでしょ。ここにね、よく見ると小さな穴があいているんですよ。ここですここ」
 一生懸命刺された場所を説明するプータロー。しかし、モヒカンもチャールズもカッパも僕も、そんなものはどうでも良く思えた。
 プータローの足の指は左右ともすでに人間の物とは思えない、カサゴのように盛り上がった硬そうでざらざらして白い粉を吹いた奇妙な皮膚で覆われて、正常の1.5倍くらいの太さになっているのだ。
 それは、見たとたんにだれもが体中が痒くなるほど気味の悪い、史上最強の水虫なのであった。

「てめー、虫刺されなんてどうだっていいじゃねーかよ、バータレ。それよかそのボコボコになってるきたねー足を先に治せよ、おっさんよ。気持ち悪くてジンマシンになるところだったぜ、ったく。だいたいてめー、痛いとか泣きべそかくまえに痒くねーのかよ、その水虫よぅ。まったくアホらしいからおれっちは寝るぜ、ベイビー」
 モヒカンはそう言うと、あきれたようなジェスチャーをして布団に入ってしまった。
 この時ばかりはチャールズもカッパも僕も、モヒカンの意見に賛成なのであった。

 かくして毒虫事件はこれにておわり。僕は残りの数時間の睡眠をとると誰よりも早く起きだし、本来の目的である出張仕事を達成すべく大阪に向かった。
 いや、正確には朝起きると三年寝太郎の姿はもうなかったから、彼が一番早起きだったのだ。
 彼は僕が部屋に入った時から壁のほうを向いて寝ていて、横顔がちらりと見えてあとは布団から出ている髪の毛見えていただけだから、正確には日本人だったかどうかもわからないし、若いかどうかすらわからなかった。
 とにかくずっと寝ていた。それだけの人だったのである。
 ただ、ちょっと気になったのは、ユースを出るときに挨拶をしたヘルパーの一言だった。

「お部屋、5人だったから余裕あったでしょ。ゆっくり眠れました?」
 6人でしょ、と言いかけた僕は、なんとなくその言葉を飲みこんでしまったのであった。

(完)

1999年10月18日(月) 運動会でざんげ

 日曜日に、子供の幼稚園の運動会に行ってきた。
 子供の運動会とは言いながら、実は僕ら父兄もかなり参加する運動会なのだ。
 僕は幼稚園のPTAの役員でしかも副会長。普通に考えれば僕のような性格の人間が役員なんて引き受けるはずもないのだけれど、これには確固たる理由があるのだ。
 まず、幼稚園の先生というのは若い。短大を出て3年以内が半数を占め30才までで80%をカバーしている。おまけにかわいい女の子が多い。
 そんな先生達とお酒を飲む機会が役員にはあるのである。
 まずは春のお祭り。夏の花火。秋の運動会。冬のクリスマス会。なにをやってもかならず打ち上げがあってギャル先生たちと楽しいひとときを過ごせる。これを見逃す手はないのである。
 それに、年に2回行われる役員会ではご馳走が出る。春がうなぎ、秋は寿司というのが最近のパターンなのだけれど、とにかく最高においしいのが出るから、役員達はみなそれを楽しみにしている。
 副会長を引き受けた理由もちゃんとある。
 会長は挨拶やらなんやらと忙しいけれど、副会長は座っていればいい。運動会のときにも本部席という名のジジババテントの中で偉そうに座っていればいいのだから、この上ない楽チンだ。副会長がそんないい思いをしている間、他の役員達は用具係や整列係り、チャカ係りと呼ばれるスタート地点のピストル係りなどをやって働いているのである。
 僕だって最初から副会長だったわけじゃない。ヒラの役員を3年間やり、用具係りもチャカ係りもちゃんとこなしてやっと手に入れた地位なのだ。
 副会長まではなるけれど、会長にはならない。これが役員としての最高コースなのである。
 
 テントの中ではビールでも飲みながら観戦していれば最高なのだけれど、先月僕は長男の小学校の運動会で酒を飲んで暴れたため、家内から「運動会中は禁酒」という命令が下ったいた。仕方なく僕はミネラルウォーター片手に、理事長の隣に座って、リレーを観戦していたのである。

「すみれ組、頑張っています。すみれ組速い。まつ組もがんばってください」
 理事長がマイクを握り、解説をしているのだ。
「ねぇ、理事長。別にがんばっているから勝っているんじゃなくて、足が速いだけですよ。まつ組みもがんばってくださいって、頑張ってないわけじゃないでしょう、鈍足なだけで」
 まつ組みはビリなのだ。
「ああ、そうか。頑張ってるよね、まつ組も」
「でしょう」
「おーーっと、すみれ組、バトンを落としました。淳也くん、急いで拾って走ろうね。淳也、頑張れ!」
「ねぇ、理事長。下手したときだけ名前呼んじゃったらかわいそうでしょ。わざわざバトンをおとしたのが淳也だって宣伝しなくてもいいんじゃないすか」
「ああ、そうか。そうだね。うんうん。ええと、淳也くん追い上げています。それかゆり組があとに続いています。ゆり組はただいま3位ですが、アンカーが期待されています」
「ねぇ、理事長。そこで自分の孫を宣伝するってのはみっともないんじゃないですかねぇ」
 ゆり組のアンカーは理事長の孫なのである。
「うるさいなぁ、今年の副会長は。だれだよ、こいつを選んだの!?」
 リレーの次は年少のと競争だった。年少と言えば幼稚園に入ったばかりの3才児なのである。
「ねぇ、理事長。3才児でできるんですかねぇ、競争なんて?」
「大丈夫だよ。競馬じゃ3才馬って言えばビンビンだ」
「馬といっしょにしちゃまずいでしょう。だいたい牧師が競馬なんてやっちゃねぇ……」
 幼稚園はキリスト協会をかねていて、理事長先生は牧師さんなのだ。そしてこの牧師は僕が幼稚園児のときの恩師であり、食事の前のお祈りで、「アーメンソーメン冷やソーメン」とやっていた僕を毎日ひっぱたいていた人なのだ。
「おまえ、堅いこというね。牧師が競馬くらいしてもいいじゃないの。松井町のクソ坊主なんてしょっちゅう芸者あげてんだから、あれに比べりゃ……」
「マイク入ってますよ、理事長」
「あっ……えーっ、いまラジオのスイッチが入ってしまいました。それでは3歳馬……ああ、いえ、ええと年少さんの徒競走に移ります」
 マイクはともかく、今理事長の後ろの席で扇子をパタつかせているのは、そのクソ坊主の奥さんなのだ。
 よーい、バーン!
「さぁ、各児いっせいにスタートしました。先頭はひまわり組の……あっ、一人逆に走っています。ほらほら由紀雄ちゃん、そっちじゃないよ、前に走るの。前ってそっちじゃなくて、おーい、山田先生!」
 一斉にスタートしたはずの6人のうち、由紀雄ちゃんだけ逆走。会場は大笑いなのだ。
「山田先生のんきだからね。走り方はともかく、走る方向くらいちゃんと教えてほしいよな。山田先生ーーっ!」
「でも、いいケツしてますよね、山田先生って」
「ケツだけなんだよなぁ、あのこは。もうちょっと園児の指導をねぇ……。山田君はね、たまにTバックなんだよ。トレパンだとわかるんだ」
「あ、先生。マイクのスイッチ……。切れてますね」
「おい、おどかすなよ」
 年少の徒競争は逆走3人、コーナーをショートカットして走ったのが1人という結果だった。
「おまえが園児の時、スタートしてそのまま客席の親のところに行っちまったんだよな。親が何か食ってたのみつけてさ」
「そうでしたっけ?」
 良く覚えてるんだなぁ、この理事長。
「だいたいあれだよね。おまえさ、子供の頃から余計なことばかり言ってたよね。若い先生泣かせちゃったりしてさ」
「あ、先生。親子3代リレーが始まりますよ」
 今年のメインイベントはこのレース。園児、親、祖父母の3人でリレーするというもので、僕は絶対に企画倒れに終わると思っていたのに、なんと100組も応募してきたというのだ。
「そんなに余計なこと、いいましたっけ?」
「そうだよ。おまえ、お祈りの時だってまともにやったことないし……。私みたいに牧師になると、言葉というものについて凄くナイーブになるから、そういうのは凄く良く感じるんだな。言葉の使い方ひとつで人は傷ついたりするから、そういうのをね……」
 今ごろ説教されても困るのである。
「ほらほら理事長、スタートしますよ」
「おお、いけねぇ。はーいみなさん、今回の運動会の新しい競技、親子3代リレーです。おじいちゃん、おばあちゃんは特に無理をしないでくださいね。ではいよいよスタートです」
 よーい、バーン!
「さぁ、まずは園児たちがスタートしました。先頭はバラ組の正弘君。ちゃんとお父さんを見つけられるかな?」
「お母さんのようですよ」
「正弘君、お母さんにバトンタッチ。お父さんは応援席だったんですね。お母さん速い。そして2番手は……え? 光男? どこ? ゆり?」
 隣から主任の先生があんちょこを出しているのだ。
「ゆりです、理事長先生。それから、正弘君にはお父さんいません」
 あーららこららー、いーけないんだーいけないんだー。
「えっ、そうなの? ええ、あのぅ。ええとゆり組の光男君のお父さんです。ちょっとちょっとお父さん、そんなに本気で走ったら危ないですよ、ゆっくりいきましょう。その次の、ええと、すみれ組の清君のお母さんも、無理ないで……おっとぅ、転んじゃった! 大丈夫ですか? 怪我はないですか? 大丈夫なようです。皆さんも本気を出さないで楽しんでください。さー、バトンはついにおじいちゃん、おばあちゃんに繋がって行きました。いやぁ、お元気ですねぇ。こうして見ると、若々しくてはつらつとしたおじいちゃん、おばあちゃんもいらっしゃれば……」
「いらっしゃれば?」
「……。さぁ、次はまつ組の頼子ちゃん」

 理事長はいったい何がいいたかったのだろう。「棺おけを担ぎながら走っているようなおじいさんもいますねぇ」とでも言いたかったのだろうか。
 でも僕はその場ではそれ以上追及はしなかった。
 幼稚園の運動会では、片付けが終わったあとに必ず、園庭で役員のご苦労さん会があるのだ。いすを円く並べて役員と先生が方座り、ビールを方手にあれこれと歓談するのである。
 その時のぜひともナイーブな牧師さんにざんげをしていただこうと、僕は必死に笑いをこらえていたのであった。
 運動会は楽しいのだ。

1999年10月22日(金) 容姿端麗

 最近、出張が続いて何度か飛行機に乗る機会があった。
 いつも不思議に思うのだけれど、いまだに飛行機というのはちょっとした特別扱いで、新幹線とは違いスチワーデスが「皆様のお世話」をしてくれるのである。飛行機は特別な乗り物という考えがまだあるのだろうか。
 しかし、スチワーデスの笑顔とクッキーに負けて、大阪出張まで飛行機にする人がいるのだから、あのサービスもまんざら無意味でもないらしい。
 ところで、あのスチワーデスというのは、最近ブスになったなぁと、僕は思う。以前は美人そろいでまるでモデルの集まりみたいだったし、スチワーデスと付き合っているというだけで、みんなはうらやましく思ったものだ。
 まぁ、ブスになったというよりも普通になったというのだろうか。
 以前はスチワーデスの採用基準には「容姿端麗」という項目があったのだそうだ。だから、端麗じゃない人は最初から受験しにこない。受験しようと思っても、きっと履歴書の写真を見ただけで不合格にしていたんじゃないだろうか。
 ところが、それがオカチメンコな皆さんには評判が悪かったらしく、女性蔑視だと騒がれたらしい。こういう運動に関してはオカチメンコはなぜか強いのだ。
 この運動に対して航空会社もあっさりとその非を認め、「容姿端麗」の基準を取り払ってしまった。名目上だけそうすればよかったものを、本当に容姿端麗じゃない人を入れるようになったのである。
 おかげさまで僕の従姉妹もそれでスチワーデスになることができた。
 とは言うものの、ある程度は基準があるらしく、研ナオコみたいなのはいない。
「研ナオコ? ひょうきんな顔でいいじゃない」
 そんなことを言っている人は、慣れたからだ。慣れればあの顔は実にいい顔で、誰でもきっと大好きになっちゃうのだけれど、最初見たときはみんなびっくりしたはずなのだ。
 僕は、我が家族たちが初めて研ナオコを見たときの事を忘れはしない。食事中に全員が口をぱっくりあけて箸を止め、しばらくしてから母が口にした一言は、
「これ、つくりもの?」
 だった。
「ひでー顔だね、このおねーさん」
 と言った兄に対して父は、
「馬鹿だな、おまえ。こんなの本当にいるわけないだろ。合成だよ」
 と言い放ったのだから。
 フライト時間が1時間程度しかない羽田-大阪であんなのが出てきたら、まったく慣れないうちに着陸しちゃう。したがってスチワーデスは「3日で飽きる美人よりも3日で慣れるブスのほうがいい」という理屈は通用しないのである。

 しかし、「容姿端麗」という採用条件の何が悪いというのだろうと、僕は思う。職業によっては顔が大事な仕事もあるのだから、それはそれでいいじゃないかと思うのだ。
 たとえばジャニーズ事務所が「男性蔑視だ」なんて言われて容姿端麗を無視たらどうなるだろうか。
「ニューアイドルの、フマップです!」
 なんて言って、いかりや長助みたいな顔の奴が5人も出てきて踊ったら、気持ち悪いじゃないか。それでもファンがつくというのだろうか?
「踊る大走査線」の主役が愛場広友でもいいというのか。まぁ、これは十分いいかもしれないけど・・・・・・。
 デパートの受付だって、ガッツ石松みたいなのが座っていたら、客は減るに決まっている。その証拠に以前、わが社の受付をブッシュマンとグレートカブキにしたら、飛び込みの営業がぜんぜん来なくなったのだ。
 ファッションモデルだってそうだ。あれなんて顔だけじゃなくてバディーもナイスじゃないと採用されない。これについてオカチメンココネクションはどうしてクレームをつけないのだろうか。不思議なのである。
「だって、あれは最初から顔や体を見せるのが仕事でしょ。スチワーデスはそうじゃないのに容姿端麗なんていったからたたかれるのよ」
 まぁ、そういわれればそうかなぁとも思うけれど、面白くもおかしくもないのにニコニコ笑うことが仕事の半分みたいになっている日本のスチワーデスの場合、そうともいいきれないのではないかと僕は思う。
 とにかく、スチワーデスの容姿端麗はぜひとも復活させていただきたいと、僕は望んでいるのである。

 それはともかく、スチワーデスにうっかり「どうもありがとう、看護婦さん」と言ってしまうのは、僕だけだろうか。

1999年10月26日(火) 持ってきたもの

「固まっちゃったんですよ、また」
「またかよ、牧田君」
「これじゃ仕事になりませんよ、ヒラリーマンさん」
 最近になって、われわれシステム課にはこんな苦情が多く寄せられるようになったのだ。
「メモリがたりないのかな?」
「48メガですよ。うちの使い方じゃ十分でしょ」
「じゃ、CPUが遅すぎるのかな?」
「それもありますね。でも、以前は起こらなかったんですよ」
 いろいろ原因を考えて調査した結果、ある原因が割り出されたのであった。それは、ネットワークカードを制御するドライバーソフトと、新たに導入したソフトとの相性があわないという問題だったのである。

 科学と技術の割り切った世界にあるはずのパソコンに対して、いまだに「相性」という言葉が使われることを僕は非常に疑問を持っている。それは相性じゃなくて不具合というべきものではないかと思うのである。
 システムエンジニアが調査した結果、あたらしいドライバーソフトをインストールするとその問題は回避できることがわかった。しかし、リストラでシステム課員は半減し、そんな作業をまとめてやるだけの余裕がない。
 ところがちょうどその新しいソフトの利用法講習が行われるので、その際に各人に自分のノートパソコンを持ってこさせ、講習をやりながらドライバーソフトの入れ替えをしてしまおうと、僕は思いついたのであった。
 僕はみんなに送ったメールに新しいドライバーソフトを添付して、当日それをフロッピーに入れてもってくるように指示しておいた。

 講習会は2日連続で2回に分けて行われた。こちらに参加しても構わないという事で開催した講習会だけど、うまい具合に半々くらいになったのだ。
 わが社のネットワーク環境はすでに高度な状態になったし、いろいろなソフトも提供してシステム化を図っている。
 もうこれ以上やることがないというくらい、システムインフラは整備したあるのだ。
「うちも10年前となるとまるで遅れていたけれど、今じゃ業界内でもトップクラスの情報システムが構築されているな。君らの努力の賜物だ」
 講習会を覗きにきた常務にそう絶賛されながらも僕は、
「冗談じゃない。まだまだ利用者のスキルは低いんですよ」
 と、心の中でつぶやいたのであった。

「はい皆さん。メールでご案内したとおり、新しいドライバーをお持ちになりましたね?」
 このとき、買ってきたばかりのねじ回しを机の上に置いたやつが3人もいたのである。

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