ヒラエッセイ

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1999年8月11日(水) おじさん対女子高生

 最近の若いおにーちゃんたちは地べたに座ると言うけれど、あれは本当らしい。
 テレビで言っていたとおり、駅には地べたに座り込む若者がどんどん増えている。
 テレビ番組ではそのことを取り上げて司会者とコメンテーターが両手を振り回してああだこうだと言っていた。
 僕は最初、どうしてそれが問題にされるのかと意味が分からなかったのだけれど、結局は邪魔だということらしいのだ。
 座り込んでいるのはおにーちゃんばかりじゃなくておねーちゃんもいる。どちらかというと僕はそっちの方が不思議なのだ。
 女子高生たちのスカートは日に日に短くなり、「こんなパンツはいてまーす」と宣伝しているくらいに短かい娘もいる。そんな超ミニをはいているくせに、駅のホームにそのまま座り込んでいるのだ。
 ホームに体育館座りをしてまたの間にスカートを押し込んでパンツを隠している状態だから、彼女たちのパンツはホームのアスファルトに直接接触しているのである。
 そんなおねーちゃんたちが5人ほど束になっているところに、「けしからん!」と言うのが趣味だろうと思われる四角い顔をした50才くらいのサラリーマン風のオジサンがやってきた。

「君ら、なんだ!」
「へ?」
 いきなり怒鳴られた女子高生は、マンボウみたいに口をぽかんと開けている。
「そんなところにペタンと座るんじゃない!」
 やっとオジサンの言っていることがわかったおねーちゃんたちは、互いに顔を見合ってからポソリと言った。
「関係ねーじゃん」
 おお、懐かしいフレーズだ。
 この「関係ねーじゃん」は20年前の我々の時代から変わらないのだ。
 ただし僕らのころは、女性は「関係ないじゃん」だった。それが男言葉に変化したというのはここ数年の進化なのだろうか。
「そんなところに若い娘が座るんじゃない!」
「うっせーんだよ」
 女子高生たちはオジサンに強く言うという風でもなく、そっぽを向いたまま毒づくのだ。
「みっともないだろう、君たち!」
「関係ねーじゃん。オヤジの出る幕じゃないよ」
 女子高生たちはこう言うとせせら笑うようにしてオジサンを見た。
 オジサンはまるでコケにされている。
 せっかく勇気を振り絞って注意したのに「オヤジ」というおきまりの差別用語で侮辱され、そして周りのおじさん達は誰も助けてはくれないのだ。
「あたしらがどこに座ろうが、あんたに関係ねーじゃん。ねぇ」
 ボキャブラリーがないから「関係ねーじゃん」ばかりが出るおねーちゃんたちだが、自分たちが優勢だと知るとさっきまでうなだれていた顔が急に偉そうに上を向いているのだ。
 一方劣性になったおじさんはここで一気に挽回を図るべく、核心部分に話題を持っていった。
「そんな短いスカートでそんなところに座り込んで、パンツが見えても恥ずかしくないのか!?」
 しかし、オジサンのこの一言は彼女たちに攻撃のネタを与えてしまった。
「なに見てんだよ、エロじじい」
 でました、エロじじい。
 公衆の面前でこれを言われちゃ、オジサンは分が悪い。とくにこの発言以前のやりとりを知らない人たちが見ると、オジサンがハレンチ行為をしたみたいに思ってしまうのだから、これは強烈な一発となったのだ。
 こうなるとオジサンはなすすべがない。退散するしかないのである。

 かくしてこの戦いは女子高生たちの勝ち。オジサンは完全に叩きのめされて、肩を落としてその場を去ったのであった。
 いやしかし、オジサン去っていくと女子高生達は飛び上がるようにして立ち上がったのだから、この勝負は五分五分だったとも言える。
 やはり、オジサンが背を向けながら言ったイタチの最後ッペみたいな一言が、彼女たちの胸を熱く打ったのだろう。

「じゃ、勝手にしなさい。しかしそこはオジサンが昨日、飲み過ぎてゲロを吐いた場所だ」

1999年8月12日(木) 帰らない人

「んじゃま、そろそろお先に失礼します」
「今日ははえーじゃねーか、ヒラリーマン」
「たまにはね。メリハリつけなきゃ。課長も毎日遅いみたいですけど、早く帰れるときは帰った方がいいですよ」
 会社は大概5時が定時で鐘が鳴る。鐘が鳴れば帰ってよくて、酒が飲めるのである。だから、「アフター5」というのだ。
 ところが、どこの会社にも鐘が鳴ってもいつまでも帰らない人がいる。特に今やらなくてはいけない仕事があるならまだしも、なんにもないのに帰らない人がいるのだ。
 この帰らない人には3種類ある。
 まず、帰らないリーズン1は「帰りづらい」というひと。
 これはとくに若手の社員に多く、上司や先輩が残っていると「お先に」と言い出せないのだ。
 気が弱いというか上の目を気にしすぎると言うか、とにかくビクビクしている。
 サラリーマンの世界は出世がすべてだと思っている人にはこの傾向が強く、50を過ぎてもこの癖が抜けない人も少なくない。
 つぎのリーズン2が「帰るのが不安」な人。
 これは一種の病気。
 他の人が残っていて自分だけ先に帰ると、なんとなく置いて行かれるような、仲間外れになるような不安に駆られるらしいのだ。
 自分が帰ったあとに楽しいことがあるかも知れないと思うと、それがないことを確認するまで帰れない。
 或いは何か問題が起きて、みんなで協力して解決して、翌日の「昨日は大変だったね」という話に参加できなくなる孤独感を恐れているのである。
 最後のリーズン3が「家に帰りたくない」人。
 これはもう奥さんを見れば一目瞭然……。説明の余地はないのだ。

 さて、僕はというと、隙さえあれば早く帰りたい。できれば会社に来たくないのだから、帰りたいのは当たり前なのである。
 毎日なんとか早く帰ってバーに駆け込んで冷たいビールを飲もうと、4時くらいから考えている。
 その場合、もっとも警戒しなくてはいけないのが、4時50分からの「魔の10分」なのである。
 これは偶然なのか、それとも神様のいたずらなのか。どういうわけかあと10分と言うときにかかってくる電話は、ろくな話じゃないのである。
 先週もそうだった。
「さーて、ほんじゃ失礼さん!」
 こう言って立ち上がったときに僕の目の前の電話が鳴ったのだ。
「もしもし。あのですね、伝票がでないんでしゅ」
 漫才の、ピンクの電話みたいなしゃべり方をするおねーたまなのだ。
「え、あ、そう。あのね、じゃ、明日にしましょう」
「だめでしゅよ。明日の朝もっていく伝票なんだからん」
「そんな伝票、なにが悲しくてこんな時間に出すんですか!?」
「昼からやってるんでしゅ。それが今になってもでなくて、悲しくなって電話したんでちゅよん」
 悲しいのはこっちなのだ。
 この日はたまたまシステムエンジニアもカスタマーエンジニアも休み。こういうトラブルを簡単に解決できる人はいなかった。
 また、こういう人がいないときに限ってかかってくるのもこんな電話の特徴なのである。
 約束した飲み会の時間はもう目の前だというのに、頭に来るのだ。

 僕は結局このしゃべり方も実際もねちっこいおねーたまに捕まって、2時間に亘っていろいろなコマンドを打ちまくり、やっと解決したのだ。
 終業10分前の電話は取らない。これは公務員なら50年も前から実践しているサラリーマンの原則なのである。

「じゃ、失礼します」
「おう、また明日な、ヒラリーマン」
 こう挨拶して部屋から廊下にでたとたんに、背中で電話のベルが聞こえた。
「はい、ヒラ商事です。もしもし。え、ヒラリーマンですか? えっと今帰ったんですけど、ちょっとまってください。おーい、ヒラリーマーーン!」
 こりゃやばい。
 僕は慌てて廊下を走りだした。カーペットを蹴る音が聞こえないように、徐々に加速していくという念の入れようで、僕はエレベーターホールまでの30メートルを一瞬のうちに駆け抜けたのである。
 耳を澄ますと後ろの方ではかすかに、「帰っちゃったみたいです」という声が聞こえていた。
 これで一安心。
 今日は駅前の新しくできたスナックへ行ってみよう。
 いなきゃいないでで、だれかがなんとかする。トラブルというのはそんなものなのである。

「おはようございます、課長」
「おはよう、ヒラリーマン。あ、そうだ。昨日お前が帰った直後さぁ」
「なんかあったんですか?」
 と、白々しく……。
「このあいだうちの会社でパソコン講習会をやったときの先生やってくれたおねーちゃんたちな。あの彼女たちが『飲みませんか』って電話してきたぞ」
 げ、うっそ。
「あの、そんで?」
「おめーが帰っちまったから、俺と矢田で行ってきたぞ。なぁ、矢田」
「ええ、すげーミニスカートでしたよ、ヒラリーマンさん。うはははは」
 こういうことがあると、リーズン2の「帰らない人」になるのである。

1999年8月31日(火) 課長の提案

 最近、またもや近所の会社がつぶれて、関係会社は円満に解散して、おまけにライバルは合併で首切り地獄だという、労働者としては戦々恐々となる情報が飛び交っている。
 前回のリストラの波は乗り切ったものの、第二第三の波を会社は用意していると、もっぱらの噂なのだ。

「僕らシステム課員は特殊業務ですからリストラされないかも知れないですね、課長」
「そりゃ甘いぞ、ヒラリーマン。システムなんて言うのは、もっともアウトソーシングしやすいんだ」
「そういえばプログラマーって結構ピアスなんかしてますよね」
「アホか、おまえ。『装身具』じゃねーんだよ。ソーシングだ、アウトソーシング。つまり、よその会社にその仕事を丸ごと依頼してやってもらうってことだ」
「ああ、それね」
「だからよ、ヒラリーマン。俺たちもただ他の部門からのシステム開発依頼を受けているだけじゃこれからはダメだ」
「すると?」
「自分たちから積極的に打って出るんだ」
 課長にしては珍しく前向きな意見なのだ。いつもただ目の前に転がってくる仕事をこなしていけばいいという姿勢だったのに、突然凄いことを言い出したのである。
「んじゃ、どうするんです?」
「新しいシステムを作って売り込むんだ。社内にはこんなシステムが必要ですってな」
「なるほど。そりゃいいですね」
「そうすりゃおめー、我が社の社員もなかなかやるなってんで、アウトソーシングなんてしなくて社内で頑張っていこうってことになるだろ。するとリストラの話だって消えるってもんよ」
 課長がそこまで考えるとは思わなかった。社内に自らシステムを売り込んで生き残りを図ろうなんて、凄い勢いなのだ。

「それで、どんなシステムを作るんですか?」
「そりゃおめぇ、今会社が必要としているものを分析すればわかるだろ。今の会社のニーズにあったものを提供するわけよ」
「といいますと?」
「まず、社員が出社してパソコンのスイッチを入れると画面に『あなたは会社を辞めますか?』って質問が出る。そりゃ誰だって『いいえ』をクリックするだろ。ところがたまにこう言うのを間違えて違うの押してぶっこわすアホがいるだろ。だから『はい』を押す奴も必ず出てくる。毎日押してりゃたまに押しちゃうもんな。すると自動的に人事部長に辞表が届いて退職金も自動計算されて、給与振込口座に入金される。ついでだから各部署への『お世話になりました。私本日付けで退職いたします』なんて挨拶状まで電子メールで自動送付。これぞ名付けて『リストラ君』。どうだヒラリーマン、すげーだろ?」
「……」
 こういうくだらない冗談しか出てこなくなったら、会社はもう末期症状なのである。

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