バリー岡田の陰謀

この連載について

 バリー岡田は、情報システム部システム課課長。すなわちわたくしヒラリーマンの上司に当たる。
 いままでののほほん課長が部長に昇格。部長が重役に昇格してやってきた課長なのだ。
 バリー岡田のバリーは「仕事をバリバリやる」のバリーかと思われたが、実は「出しゃばり」のバリーだった。
 とにかくなんでも自分が仕切らないと気が済まない。常に自分が中心にいないと我慢できない性分の持ち主である。
 バリー岡田は52才。この年でやっと課長になったバリーは就任した日に重役より、「ヒラリーマンをシステム課のリーダーに育成してくれ」と言われて仰天した。
 重役は単に「もうあいつも40なんだから、指導者クラスに成長させてくれ」という意味で言ったのだが、ヒラリーマンがもしも課長代理にでもなったら、数年後に自分の後がまに座ってしまうと考えた。
 やっと手に入れた課長ポストを奪われたくない。
 そんな一心でバリー岡田は「ヒラリーマンを管理職にしない方策」を展開させることにした。
 その作戦の骨子は「ヒラリーマンに仕事をさせない」というものだった。仕事をしなけえば、「あいつはだめです」という報告が出来るからだ。
 ヒラリーマンが管理者になっていたサーバーを「あいつにいじれないようにしてくれ」とSEにパスワードの変更をさせたり、ヒラリーマンが休暇を取っている日にわざわざヒラリーマンが担当する仕事の会議を開いて勝手に内容を決めてしまうなど、とにかくヒラリーマン排除に躍起になった。
 ところがヒラリーマンは管理職になってめんどくさい仕事をする気などさらさら無いので、「課長が全部やってくれるなら、楽チンだ」といたってのんきにしていた。
 しかしさすがのヒラリーマンも、私欲のために無理に知り合いの業者に仕事を出そうとしたり、そのために自分を騙したりするバリーに腹が立ってきた。
 そしてついに、堪忍袋の緒が切れて、あるシステム開発を巡ってバトルを繰り広げることになったのである。

 これは現実の現在進行形のドキュメンタリーを元にした連載小説です。
 現実は現在進行形なので、最後がどうなるのか作者の僕自身にもわからないところが味噌です。
 バリー岡田の陰謀も「過去のエッセイ」に格納しておりましたが、連載ものが時系列と逆に並んでいるのは読みにくいと言うので、別の入れ物にいたしました。
 それではお楽しみください。

2002年4月16日 実録連載−バリー岡田の陰謀1。鈴木SEに何があったのか?

 新しいシステムを構築することになった。そしてその現場の指揮は僕が執ることになったのだ。
 本来なら課長が行う役目なのだが、重役と部長が相談した結果、「ヒラリーマンにやらせよう」と決めたのだそうだ。
 僕には7人の部下が与えられ、プロジェクトがスタートすることになった。プロジェクトチームではシステムの概略を取りきめ、業者に出す情報を整理していく。開発が始まれば詳細の決定をこの機関がしていくのだ。
 僕はプロジェクトが発足する前の準備を進めた。そして2ヶ月かけてプロジェクトの推進方法やシステムの大枠の案を作り上げた。
 次ぎにSE(システムエンジニア)の意見を聞く必要があった。技術者の目から見た意見を加えて、この案の実現性や合理性を整えるのだ。
「来週この案でSEの鈴木さんに話をしてみようと思うんですけど、どうでしょう、岡田課長?」
 僕は作った資料をバリー岡田に見せた。まずは上司の課長に承諾を得てから話すのが筋だと思ったからだ。
「どれどれ。ああ、なるほどねー」
「いろいろな案が出る中でもみにもんで、これが僕としての最終案です」
「ほーほー。へーそうなんだ。なーるほどねぇ。いいんじゃないの、ヒラリーマンくん。良くできてると思うよ。うーん、これでいいじゃない。まぁこれは君の担当だ。この線でがんばってやってくれ」
 バリー岡田はなんら反対するわけでもなく、激励してくれたのだった。
「俺もちょうど鈴木SEに話があるから、君の方はあとにしてもらえないかなぁ」
 岡田課長にこういわれたので、僕は翌日鈴木SEに話をすることにした。

 僕は約束通り翌日の午後に鈴木SEと打ち合わせを行った。
 鈴木SEは自宅にコンピュータールームを設備し、サーバーを何台も操るのが趣味という、趣味と仕事が一緒というコンピューターマニアでもある。
 コンピューターさえいじっていればゴキゲンの彼は、いつでもコンピュータールームでニコニコしている。
 ところが、そんな彼が今日は違う。暗い顔をしているし返事も湿っているのだ。
「この資料の通りなんだけど、こんな感じでやろうと思うんだけど、どうかな?」
 しかし、彼は眉を寄せたままじっと資料を見ているだけだった。
 そしてしばらくすると鈴木SEはぽつりと言葉をこぼした。
「この案では駄目です。もう一度岡田課長と相談して再検討してください」
 何が悪いというわけでもなく、どうした方がいいとも言わない。これではさっぱり話がわからない。
「だからねぇ、鈴木さん。反対するなら反対するでいいんだけどさ、理由を言ってよ。壊れちまった人形じゃないんだから、ただブルブル首振ってたって、しょうがないでしょうに」
 それでも鈴木SEは「うん」とは言わないし、明確な反対理由も言わないのである。
 実は我が社はいわゆるアウトソーシングをしており、SEは全てコンピューター会社からの派遣である。だから彼らは我が社の社員的立場で働いているけれど、実は外部の人間だという、ちょっとめんどくさい位置にいるのだ。
 いつまで経っても鈴木SEの態度が変なので、僕は彼の顔をのぞき込んだ。どっか具合でも悪いのかと思ったからだ。
「ねぇ、鈴木さん。あなたもしかして・・・・・・」
 ここまで言うと鈴木さんは飛び上がるようにドキッとして見せた。そして、「あーばれちゃった。もうだめだ。あーもうだめなんだー」とばかりに降参してベラベラとしゃべり出したのである。
 こっちがなんのしっぽも掴んでないのに、後ろめたいことがあるとこういう勘違いをする気の弱い人が世の中にはいる。彼もその類なのである。
 そして彼の口から飛び出した言葉は、信じられない内容だった。それはまさに、バリー岡田が仕組んだ陰謀の一部だったのである。

2002年4月17日 実録連載−バリー岡田の陰謀2。妨害工作

「いったいどういうことなんだよ、鈴木さん?」
 僕は鈴木SEの告白内容を聞いて唖然としてしまった。鈴木さんも僕にどう説明していいのか考えあぐねているようだった。というよりも、いったいこれはなんなのかという、理屈の整理が終わっていないのだ。
「どうしたもこうしたも、昨日いきなり岡田課長から言われたんです。わたしだって何がなんだかわからないし、耳を疑いましたよ」
「そりゃそうだよなぁ。いったいバリーの奴、どういうつもりなんだろ?」
 僕だって「これはこういうことだ」という確固たる解釈をできないでいるのだ。
 鈴木SEの話はこうだった。
「昨日突然岡田課長に呼ばれて、こう言われたんです。『ヒラリーマンの案に同意するな。あいつの言った通りにするんじゃない。とにかく反対しろ』って」
 部下に「その線でガンバレ」と言った課長がその日のうちに「その線に反対しろ」と別の人に吹き込んでいるわけだ。わけがわからない。
 僕が作った案に、実は課長は反対なのだろうか。でもそれを言いにくかったのだろうか。そうとしか考えようがないじゃないか。
「つまり課長は僕の案に反対だってことなのかな?」
 鈴木SEは複雑な顔をして答えた。
「そうじゃないみたいです。だって、『今後ヒラリーマンが出してきた案にはすべてNOを出せ』って言われましたもの」
 なんじゃそれ。僕のたまの中はパニック状態になってしまった。
「それ、どういうこと? 何がなんだかさっぱりわからないよ」
 鈴木SEはしばらく考え込んでいたが、意を決したように言った。
「あのー、岡田課長は多分ヒラリーマンさんの仕事がうまくいかないようにして、自分にプロジェクトの指揮権が来るようにしたいんだと思います」
 そんなバカな。部下から仕事を取り上げたくてそんな画策をするなんて、三文小説みたいなことをするサラリーマンが現存するわけがない。それは考えすぎだろう、と僕は思った。
 ところが、そうでもないらしいと思わせることを、鈴木SEは話し始めたのだ。
「実はですね、プロジェクトの現場指揮官がヒラリーマンさんと決まった日に、岡田課長と酒飲んだんですよ。プログラマーの清水さんや洋子ちゃんも一緒でした」
 清水さんは45才のエスパー的能力を持つプログラマーで、洋子ちゃんは30才の美人プログラマーだ。ふたりとも会社に常駐しているし現在は僕の指揮下にあるけれど、やはり身分は別会社の人だ。そして余計な話だがこのふたりは不倫の仲にある。
「それで?」
「そのときバリー岡田が酔っぱらって言ったんですよ。『なんでヒラリーマンが指揮を執るんだよ。なんで俺じゃないんだ!? 俺が課長だぞ。部長も重役も何考えてんだ。ったく、頭に来る。いいかおい! 数ヶ月してみろ。数ヶ月後には俺が指揮を執ってるからな! ヒラリーマンは降りることになるから、見てろよ!』って」
 僕の口はあんぐりしたまま固まってしまった。開いた口がふさがらないって奴だ。
「なんてこった」
 あり得ないと思っていた三文サラリーマン小説が実際に展開されているらしい。にわかには信じがたい話だが、どうやら事実らしいのである。
 バリー岡田は僕に「ガンバレ」と言ったとき、満面の笑みを浮かべていた。あのにっこり顔を作りながら、彼はそんなことを考えていたというのか。
 しかし、僕は単純にこの話はもっと複雑なのではないかと考えた。そうでないと不自然じゃないか。
 僕はこの部署に10年以上いる。鈴木SEや清水プログラマー、洋子ちゃんともそのころからのつき合いだ。その彼らに自分のたくらみをベラベラ喋ればいずれ僕にたれ込んで来るに決まっている。それを考えないバカはいないだろう。
 ということは、この話が僕の耳にはいることを彼は想定していると考えるのが当然だ。 いったいバリーにはどんなもくろみがあるのだろう・・・・・・。
 僕はまず、バリー岡田のおそらく高度と思われる作戦の全容を掴むことにした。

2002年4月18日 実録連載−バリー岡田の陰謀3。バリー岡田はバカだった

 直属の上司であるバリー岡田が仕事の妨害を画策しているというのは、何ともショッキングな事件だ。
 本来なら自分の助けをしてくれるはずの上司が、自分を陥れようとしている。ミスがあれば庇ったり手を貸してくれるはずの人なのに、今は隙さえあれば足を引っ張ろうとしているのだ。
 もしも僕がここでちょっとでもミスをしたら、おそらくバリー岡田はその傷口を広げようと躍起になるだろう。全く嫌な人間関係だ。
 僕はそれほど一生懸命仕事をしたいとも思わないし、出世にもほとんど興味がない。だから、「この仕事は自分がやりたい」と課長が言ってきたら、「はいどうぞ」と言っただろう。しかし、自分を陥れようという画策には腹が立つ。いくら脳天気でも、そんな企みを成功させてやるほどお人好しでもないのである。
 いろいろと調査した結果、バリー岡田は鈴木SEに圧力をかけただけではなく、あちこちで「ヒラリーマンがリーダーでやってもうまくいくわけがない。わたしが結局はケツを拭くことになる」という話をしまくっていることが判明した。
 もちろんその話の中にはヒラリーマンとはいかに駄目社員かという酷評もついているのだけれど、それについては、「まー当たってるかもなぁ〜」なんて思っちゃうからちょっと情けない。
 バリー岡田のこうした行動はそれからしばらく続いたのだが、僕の耳には面白い話も飛び込んでくるようになってきた。
「岡田課長の話を本気で聞いてるバカもいるけど、部下の悪口と自分の宣伝をあれだけしまくってれば、『あいつ、おかしくないか?』って普通の人は思ってきてるみたいだよ」
 宣伝部の課長代理がそう教えてくれたのだ。
 管理職の仕事の一つは部下を指導してもり立てることにある。管理職としての評価項目の中にも「部下の育成」というのがあるのだ。それなのに部下の仕事がしにくくなるような言動をあちこちでやってるのだけら、周りの人たちも「なにあれ?」と疑問を持ち始めたらしい。
 バリー岡田が何らかの意図を持って鈴木SEや清水さんに喋ったのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。バリーはその人と僕との関係など全く考えることなく、いつでもどこでも言いたいことを喋ってしまうと言う、考え無しのオタンコナス野郎だったのである。
「相手がバカならこの勝負、勝てるかもしれない・・・・・・」
 と僕は思い始めていた。

 そんな折り、事件は起こった。
 今回のシステムはプロジェクトチームで概要を決めたら、業者を数社選択して競争入札を行うと言うことになっていたのだが、ここに思いもかけなかった会社が参加することになったのだ。それは10年以上前に当社の仕事をしたことがある、ダンピングシステム株式会社だった。
 実はこの会社はバリー岡田の友人が興した会社で、以前バリーがシステムの仕事をしていたときに彼の口利きで使った会社だ。そしてバリー岡田が他部署に移動してからは一度もこの会社が使われなかったのは、「仕事の質が悪い」という評価であったためだと僕は先輩社員から聞いていた。
「どうして今ごろダンピングシステムが入札に参加するんですか?」
 僕は当然の質問を重役に浴びせた。
「いや実は、岡田課長の推薦なんだ。なかなか優秀な会社だから是非とも今回の入札に加えたいと言ってきたので許可したんだけど、ヒラリーマンくんも承知してる話じゃないのかい?」
 僕はその質問に対しては軽く否定しただけで、それ以上言及しなかった。
 バリー岡田がいったいどういうつもりでダンピングシステムを呼んできたのか。それがまたまた陰謀なのか、それとも単に参加会社を増やしただけなのか、その辺がはっきりしないからだ。
 ところが、このダンピングシステムの入札参加にはとんでもない裏が存在したのである。

2002年4月19日 実録連載−バリー岡田の陰謀4。バリー岡田のアルバイト

 バリー岡田は鈴木SEを信用しきっていた。いや、信用ではなくてたかをくくっていたのだ。
「言う通りにしないんだったら、おたくの会社切るからね!」
 鈴木SEは今までの仕事の中で、この言葉を再三バリー岡田から言われていたのだそうだ。そのたび鈴木SEはブルっていた。
 それを見たバリー岡田は「こいつは俺の不利益になることはしない。できる分けない。俺のしもべだ」くらいに感じてしまっていたのだろう。
「『業者の奴はちょっと脅せばビビってこびてくる。このポジションは面白いね。やめれないよ』って言われました」
 と、鈴木SEがこぼした。
 そんなことを出入りの業者の社員に直接言うというバリーの神経に、僕は呆れてしまった。
「今回の仕事と次のデータウェアハウスの仕事は、ダンピングシステムにもっていくって言われましたよ」
 鈴木SEがぽつりと漏らしたこの言葉に僕はまたもや驚いた。
 これから入札をしようというシステムの開発業者をシステム課長があらかじめ決めているというのはどういうことなのだ。今まで当社のシステムを引き受けてきた大同システムなら話はわかる。彼らはうちのシステムを知り尽くしているから任せれば仕事は速いし正確だろう。いつも使っている業者を安く使うために他の業者を入札に加わらせて出来レースを行うことはなくはない。しかし、その業者を使いたい明確な理由があるからそうするのだ。今、当社にとってダンピングシステムを使いたい理由なんて、何もあるわけがないのだ。
「でもさぁ、鈴木さん。友だちがやってる会社だから仕事を出したいなんてことあるかなぁ。いろいろとリスクもあるわけだし、内情を知らない会社にやらせるというのは難しいよね。厚い友情ってわけかな?」
「そんなんじゃないですよ。岡田課長、ダンピングシステムの顧問ってことでお金貰ってるみたいですよ」
 なにぃ!?
 なるほど。そう言うことだったのか。
 実は我が社の規定は他社に比べていろいろな方面でゆるい。例えば、アルバイトについても本業に影響がなければやっても構わない。この会社で平社員をやりながら、親が経営する会社の取締役に就いている人だっている。だからそれ自体はどうと言うことはないのだけれど、バリーの場合は単純ではないらしい。
「『仕事をいくつか持っていかないと、俺もやばいからな』って漏らしてましたよ」
 仕事を持っていかないとやばい? ってことは、彼はうちから仕事を出すという約束をして金を貰っていると言うことなのか? まてよ、そうなるとこれはただアルバイトをしてるという話ではないじゃないか。
「実はですね、ヒラリーマンさん・・・・・・」
「なに?」
「実は岡田課長が大同システムの営業さんを呼び出して・・・・・・」
「え? おれ知らないよ、そんなこと?」
「そうなんです。だからヒラリーマンさんに内緒で、大同システムの加藤課長に『おたくにはコンピューター本体を発注するから、ソフト開発はあきらめろ』って通告したらしいです」
 なんだって!?
 入札はコンピューター本体とソフトを合わせた一括の発注と言うことになっているはずだ。それに、コンピューター本体なんて儲けにはならない。おいしいのはシステム開発の方なのである。
「つまりそれって、お小遣いをちょっとあげるから、それ以上出しゃばるな!ってことかい?」
「そういうことでしょう」
 これはえらいことになってきた。僕の仕事を妨害されるとか、誰が主導権を握るかなんてくだらない話しではない。
 もしかしたら会社にとって不利益になるかもしれない、個人の利益のための画策をバリー岡田はやろうとしている疑いが出てきたのだ。

2002年4月22日 実録連載−バリー岡田の陰謀5。入札業者をこっそり呼び出す

 今回のシステム開発では業者を競争入札で選ぶことになっていた。
 競争入札と言うと、「出来るだけ安いところから買う」というのが一般的だ。すでにできあがっているものを買うのなら、単純に価格だけで決めればいいのだからそうなる。しかし、今回の入札はそうではない。提案を含めた入札なのだ。
 どんなシステムを作ってもらいたいかの最低限の条件は我が社で作成してある。しかし今回はそれに加え、それらの条件を満たしつつ、各社の提案を組み込んでどんなシステムをいくらで作ってくれるのかという、提案を含めた入札を行うことになったのである。こうなると条件の範囲内にあってもそれぞれ品質が違ってくる。
 それに、業者のプロジェクト体制も評価の対象となる。あまり貧弱な体制だと期限内に納品できなかったりすることがあるからだ。それに、アフターサービス内容も見なくてはいけない。
 さらに大事なのは、システム開発中に我が社からどれだけ手を貸してあげなくてはいけないかと言うことだ。こちらの作業が大変になれば残業も発生するし、人手も集めなくてはいけないので経費がかかる。
 そんなことをあれこれ検討した結果、業者を決定するのである。

「おい、ヒラリーマンくん。各業者にはわたしが説明をしようか?」
 バリー岡田が僕の様子をうかがうようにして言った。
「いやね、君が忙しそうだからさ。業者には条件を告げるだけだろ。だったら俺がやってやろうかと思ってね」
 どうもあやしい。
「いえ、一応わたしが任された仕事ですから、わたしが責任を持ってやりますよ。お任せください」
 僕は突っぱねた。バリー岡田はあからさまに不快な顔をして言葉を続けた。
「じゃー俺もサポートというかなんというか、同席しよう」
 それを断ろうと僕は口を開けかけたが、バリーはそれを遮るようにして喋り続けた。
「俺はなんにも口出ししないから。何しろ君が担当だ。俺は見てるだけ。上司として一応な。いるだけってことで参加させて貰うよ」
 そこまで言われたら断りようがない。嫌な予感はしたけれど、僕はその申し出を受けることにした。
 それにしても、どうしてバリー岡田は業者への説明にあんなに出席したがるのだろう。そのことが僕の中ではずっと引っかかっていた。

「岡田課長はなにがなんでもダンピングシステムに仕事を出すつもりですよ」
 午後になって、鈴木SEが僕にこっそりと耳打ちをした。鈴木SEと話をするのはいつもコンピュータールームなので、ほとんど防音の中での密談と言うことになる。だからバリーに聞かれることはまずない。
「でも、入札だぜ。それは無理だろ。バリーの好きには出来やしないよ。条件が出てきたらそれを見て、俺が評価をつけて部長と重役に見せて説明して、了解を得ることになってるんだからね」
 確かにそう言う手順と言うことで僕は聞いていた。
「ところが、昨日岡田課長が部長に談判したらしいです。業者を使ってもしもなにかあったときにヒラリーマンさんに責任を負わすのはかわいそうだ。課長である自分が責任を持って業者を使うのが筋だから、業者決定についてはヒラリーマンさんの意見を十分聞いた上で自分が決定するって。そう言う話で部長は了解したから、業者の決定権は自分にあるって言ってました」
 バリーめ、うまいことをいって手を回し始めたのだ。部長はまだバリーの本性に気づいていない。部下思いのいいやつくらいに思っている。僕としても人の悪口を耳打ちするのは気分が悪いので、自分で勝負をつけてやろうと思っているから、そのことは部長にも言っていないのだ。
 しかし、とにかく入札なのだ。もしもダンピングシステムの入札結果がいいものだったら、それはそれでいい。いくらバリーが決めると言ってもそれは出された入札結果から論理的にはじき出した「もっとも良い業者」でなくてはならないのだから、あからさまに不正が出来るわけでもない。
「構わないさ。バリーがもしも無理を通せば、部長だって重役だって『おかしい』とそこで思うだろうし、ストップをかけるよ」
「そっか。それもそうですね」
 とにかくちゃんと入札結果で買ったのなら、ダンピングシステムでもどこでも構わないじゃないかということで、僕と鈴木SEの意見は合った。

 ところが、そんな簡単に済むことではなかった。なんとバリー岡田は入札参加業者をこっそり呼びだして、事前に手を打ち始めていたのである。その内容が僕に漏れては困る。バリー岡田はそう思ったらしい。
 もしも業者説明会で業者が僕にそのことを喋っては困る。そこで、そうならないよう目を光らせるために彼は業者への説明会に出席する必要があったのだ。
 しかし、その内容はすぐに僕の知るところとなった。業者向けの説明書を作成するために残業していた僕のところへ、大同システム電話がかかってきたのだ。
 それは今までに例のない、業者からの申し出だった。

2002年4月23日 実録連載−バリー岡田の陰謀6。加藤課長の直訴

 残業中に、大同システムの加藤課長から電話をいただいた。
「ヒラリーマンさん、ちょっとお話がありまして、おじゃましたいのですが・・・・・・」
 いつもうちに顔を出している営業さんのくせに、どうも様子がおかしい。
「いつでもどうぞ。なんなら明日でもいいですよ」
「それはありがとうございます。是非明日に。それでその、お会いする場所なのですが、ホテルの喫茶室でお願いできないでしょうか?」
 営業マンがホテルの喫茶室で会いたいと言うことは、いったいどういうことか。それはきっとすごいことに違いない・・・・・・と考えるのが普通なのだろうけれど、僕は違うことに考えを巡らせていた。
「ホテルのケーキがタダで食える」
 と。 「構いませんよ。それじゃ午後の3時にどうですか?」
「もうちょっと早くはいかがでしょうか?」
「でもねぇ、それだと昼飯食ったばかりだからケーキが・・・・・・」
「は?」
「いえ、なんでもありません。んじゃ、1時にロビーで待ってます」
「それと、この件は岡田課長様にはくれぐれも内密でお願いいたします。よろしくお願いします」

 翌日僕は、待ち合わせのホテルの喫茶室にいた。待ち合わせが1時だからホテルで食事してしまおうかと思ったのだが、ランチが2500円はちょっと高い。仕方がないからすぐ近くのラーメン屋で軽めに食事を済ませた。
「お待たせしました。本日はこのような場所で申し訳ありません」
「いえいえとんでもない。何しろケーキが・・・・・・」
「は?」
「あ、なんでもないです」
 加藤課長は部下の山部さんを伴っていた。
 僕はチョコレートケーキにするかそれとも特製モンブランにするかと悩んでいたのに、ふたりがコーヒーしか注文しないので、僕だけが注文するわけにも行かない。昼食を少な目に取ったのに、計算違いだったようだ。
「実は岡田課長に言われたのですが・・・・・・」
 加藤課長が切り出した。「入札ですが、『まずはおれに渡せ。俺がチェックしてからヒラリーマンに渡す。場合によっては書き直してもらう』と言われたんです」
 僕はコーヒーを一気に飲み干した。
「それ、どういう意味です?」
「それはおそらく、入札にうまく負けるように作れと言うことだと思います。なにしろ、今回はあきらめろと言われていますから」
 我々の場合、入札と言っても役所のようにちゃんとやるわけじゃない。システム課長が受け取って中身を見て、「これはこうだから、今回はこっちにすっぺ!」と適当に決める程度が常だ。ところが今回はそれも僕の仕事になっているので、バリー岡田に出番はない。しかしそれで黙っているバリーではなかったと言うことだ。
「今回の仕事、うちも逃すわけにいきません。そこで何とかヒラリーマンさんにお願いしたいと思いまして」
 僕はしばらく考えた。バリーのことも腹が立ったけれど、だからといって安易に業者と手を組むようなことは出来ない。しかし、バリーの奴にはぎゃふんと言わせてやりたい。そんな気持ちで僕は腹を決めた。

「まず申し上げますが、僕は大同さんの肩を持つつもりはありませんし、ダンピングさんを拒否する気もありません。でも、今の話が本当なら、とんでもないことだと思います。それで、面白いことを考えたので、僕に任せてもらえますか?」
「あのそれは、どういうことになるんでしょう」
「おたくが困ることにはなりませんよ」
 不安な表情を崩さない加藤課長を横目に、僕はウエートレスを呼び止めた。
「チョコレートケーキ3つね!」
 出陣の儀式としては「酒!」といきたかったけれど、今日はこれで我慢するとしよう。
 待ってろバリー。好きなようにはさせないぜ!

2002年4月24日 実録連載−バリー岡田の陰謀7。バリー封じの手

 加藤課長と話をしたあと、僕は会社に戻って、すぐに部長に会った。
 僕は加藤課長と話している最中に、ふとアイデアが浮かんだのだ。とにかくこうなったらバリーのやつを封じなくてはいけない。
 奴を封じるにしても、「あいつはとんでもない奴です」と部長や重役に言ったところで、彼らはバリーが正しいのかヒラリーマンが正しいのかを判断することができない。その証拠がないのだ。
 世の中には先に聞いた話を「本当の話」と決めつけてしまう井戸端会議おばさん的なサラリーマンも存在するが、さすがに重役や部長にその手は通じない。
 だから、僕としても「恐れながら〜」と訴え出るわけにもいかないのである。
 そこで僕は、「当たり前の提案」でバリーを封じることを考えていた。誰も反論のしようがない、反論する必要がない、当たり前のことを提案することでバリーを封じる。そうすればバリーだってあからさまに抵抗はできないはずだ。

「実は部長、今回の入札ですが、きちんとした入札方法をとりたいんですが、いかがでしょう?」
「きちんとした? 役所みたいにかよ?」
「ええ。ちゃんと日時を定めて、その時間までに封をして提出してもらいます。そして、開封は重役以下関係幹部の目の前で行い、中身を確認するという方法です」
「ほう、そりゃおめー、本格的だな。しっかしよーひらりーまん、なんでそんなめんどくせーことするんだ?」
 前課長だったこの人が当社のいい加減な入札方式を作った張本人だ。しかし自分ではいい加減だと思ってないから、普通のやり方が妙にすごいやり方に見えるのだろう。
「それが正式なんですよ、部長。今回は超大手のコンピューター会社も新しく参加しますでしょ。だから、きちんとしたやり方をするところを見せないと、会社としても格好が悪いじゃないですか。ね?」
「なーるほどな。でもやっぱりめんどくさい気もすっけどなぁ〜」
「いやしかし、せっかく部長になったんですし、なんかこう少し格好付けたことしてもいいんじゃないですか?」
 こういうときはおだてるに限る。だいたい部長はおだてれば大概こちらの思う通りに動いてくれる人だ。おだててもちっとも出来なかったのは「標準語で話す」と言うことだけなのだから。
 結局部長は僕の提案を受け入れて、重役にもその方法でやるということで了解を取ってくれた。
 しかしこれで面白くないのはバリー岡田だ。突然降って湧いた話に、噛みついてこないはずがない。
 しかし、その降って湧いた話は全くおかしくないごく当たり前の話だから、あからさまにかみつくわけにはいかない。ここがミソなのだ。

「なんなんですかそれ? なんでそんなことになるんです?」
 事前開封が不可能となれば、大同システムの入札内容をコントロールするのは難しい。さらに、入札結果はみんなで検討しようと言うことになったのだから、まったく自分の胸三寸でやれなくなってしまった。バリーは慌てた。
「まぁ、入札ってのは本来そうするもんじゃねーのか? なにすろ新しい業者も入るんでよ〜、ちっと格好付けてやらねーと舐められちまっても困るしなぁ」
 部長がこうはっきり(言語は不明瞭)言えば、バリー岡田もそれ以上の反論が出来ない。
「それともなんか、それだと不都合があるのかぁ、岡田くん?」
 一瞬ドキッとして見せたバリーだが、部長が何か感づいているわけでもない。
「いえいえ、とんでもありません。それが当然の入札方法だとは思いますからねぇ。ただ・・・・・・」
「ただ、なんだ?」
「入札内容についての検討については重役や部長のお手をわずらわせるというのは・・・・・・」
「そりゃおめー、みんなでやった方が、おもしろいべ」
 こういう非論理的な答えを出されると、反論のしようがないものだ。

 幸いなことに部長は、バリーには入札方法が僕の提案であることは一切言わなかった。もしもそれを知ったらどんなアホなバリーでも、僕が反撃に出たことを知るだろう。いずれはそれもわかることだろうけれど、今彼に必死になられてはあとの始末が悪い。
 バリー岡田は不満な顔をすると言うよりも、考え込んでいる様子だった。おそらく彼は、対策を考え始めているのだと僕は思った。
 これはまだまだ油断が出来そうもないのである。

2002年4月25日 実録連載−バリー岡田の陰謀8。形勢逆転

 バリー岡田が勝手に入札結果をいじれないようにするために、僕は正式な入札方法を採るよう部長に働きかけて、それが成功した。
 封印した入札書類を重役以下皆の前で開け、しかもその内容の吟味を皆でするとなればバリーに手出しは出来ない。
 バリー岡田は自分と個人的なつながりのあるダンピングシステムに何とか仕事を持っていこうという作戦だったのだが、その企みを僕は完全に阻止してやった。
 いや、阻止できたと、そう思っていたのだが・・・・・・。

 業者への入札参加説明が開催された。説明内容は僕が率いるプロジェクトチームによって作成され、部長と重役の承認を得たものだ。
 当初は僕が1人で説明するはずだったのだけれど、バリー岡田が「俺は口出ししない。何も話さない。いるだけ」と参加を希望し、僕はそれを断る理由がなかったので、彼が同席することとなっていた。
 入札参加業者は、大同システム、ダンピングシステム、冨士山通信、三本電気の4社でダンピングシステムを除けばどこも大手のベンダーだ。そして説明会は合同ではなく、一社ずつ違う時間においでいただき、個別に開催をすることになった。各社は他にどこが入札に参加しいてるかもわからない状況を作ったのである。
 まず最初に、大同システムへの説明会が開催された。僕に直訴した加藤課長の顔もあった。
 会議室に入り5分ほど雑談をしたあと、まずは加藤課長が入札参加へのお礼を述べた。そしてそれに引き続き、僕が挨拶をしようと構えたとたん、隣からバリーの声が響いた。

「まーあのー。今回はこういうことで、入札をすることになりまして。まーあのー、私としては・・・・・・」
 まーあのーでしゃべり始めるのがバリーの癖だ。故田中角栄氏の「まーこのぅー」ほどはパンチのない、軽い調子での「まーあのー」なのだが、いつもこの「まーあのー」で場を仕切るのだから、それを知ってる人は「またはじまった」とうんざりするのである。
「なにもしゃべらない」はずのバリー岡田はここから一時間以上喋りまくり、入札の概要まで全部喋りまくったあと、「では詳細はヒラリーマンくんに・・・・・・」とつないだが、付け足すことなどほとんどなかった。結局彼は入札参加業者すべてに対してこの調子でパフォーマンスを繰り広げたのだ。
 業者の人というのは客となる会社の誰に力があるのかと言うことにとても敏感だ。その人に話を通さない限り、仕事はもらえないからだ。
 今回のこのバリーのパフォーマンスで彼は「このプロジェクトを仕切っているのは俺だ。ヒラリーマンは俺の配下に過ぎない」というプロパガンダを大々的に行ったのだった。
 そしてその効果は絶大で、その後あらゆる相談が僕ではなくバリーのところに来るようになったのである。

 主導権を握ったと考えたバリーは僕に対する物言いも高圧的になり、「今回の仕事はヒラリーマンに」と断言した重役や部長が同席の会議でも、遠慮なく仕切り始めた。
 そして部長に再度談判したのだ。
「やっぱりヒラリーマンではまだ無理です。今回はとりあえずわたしが彼を指導しながらわたしがやっていきますよ」
 部長から見てもすでに仕切っているのはバリーであると見えただろう。部長にしても一億円を超える今回のシステム開発を失敗させるわけにはいかない。
「ヒラリーマンでは失敗する」
 そう再三バリーに言われて本当に失敗したら、責任を取らなくてはならない。そう考えるのがサラリーマンと言うものだ。
 形勢は完全にバリーの側に傾いていた。

2002年4月26日 実録連載−バリー岡田の陰謀9。バリーはユニックスがお好き?

 業者がなんでもバリーに話を通すようになってきてしまったが、それは仕方がない。その人がキーマンだと思えばそのようになるものだ。
 しかし、入札方法は正式なやり方になったのだから、バリーが好きなようにかき混ぜることは出来ない。それならば誰が主導権を握ろうと僕にとってはどうでもいいのだ。
 今回開発するシステムにはサーバーが必要になる。しかし、どんなサーバーを導入するかまではこちらからは指定をしないでいた。おそらくサーバー本体はユニックスサーバーになるか、WINDOWSサーバーになるかのどちらかだろう。
 業者説明の中では、「提案型入札なので、複数の提案を認めます。たとえば、ユニックスサーバーだけど高額なものと、WINDOWSサーバーだけど安価なものとを出してもらっても結構です」と言ってあった。
 常識的にはWINDOWSサーバーの方がはるかにやすい。その代わり、信頼性やセキュリティーの強さから言えばどうしてもユニックスサーバーに軍配が上がるだろう。
 しかし、今回の入札は単純な価格競争ではなく、総合的に判断をしようと言うものだからそれでいいのだ。
 高くて高級なものと安くて一般的なものを比べてどっちを買うかという選択だって、ある。だから両方の提案を出しておく方が業者としても安心できるのである。
 僕は提案をみてから決めようと考えていたが、バリーはどうもユニックスが好きらしく、業者説明の中でも声を大にして力説した。
「WINDOWSサーバーとユニックスサーバーを比べれば、明らかにユニックスの方が性能は上です。わたし個人としてはWINDOWSサーバーではセキュリティー的に問題があると思うし今回のシステムにはそぐわないものだと思っています。信頼性の面から見ても両者には歴然とした差があると言っても過言じゃありません。しかし、当社にも予算というものがあるし、是非ともWINDOWSサーバーも視野に入れたいという意見もあるので、どちらの見積もりを出されても、いっこうに構いません」
 要するにWINDOWSサーバーは採用する気はないけど提案を出したければ出してみろ、と言うことなのである。
 各社とも張り切って提案に着手したようではあるが、実際のところ本命ははっきりしている。何と言っても当社のシステムを手がけている大同システムと、バリーがてこ入れをしているダンピングシステムの争いになるだろう。あとの2社はコスト競争力が高いとは言えないし、今回は様子見の参加と言っても良い。
 今までの実績もあり、また現行システムの中身を知っているという点では開発品質も開発速度も大同システムがダントツなはずだ。僕らの手間もあまりかからないだろう。
 一方バリー岡田が後押しをするダンピングシステムは現状分析をしながらの開発になるし、過去の悪評からすると心配な部分が多かった。
 したがってよほどの金額的格差がつかないと、ダンピングシステムの採用ということにはなり得ないだろうと、僕は思った。
 数日後、また大同システムの加藤課長から会いたいとの連絡を貰い、またホテルの喫茶コーナーで落ち合った。
「今日はなんですか?」
「実は、岡田課長にくぎをさされました」
 僕にはなんのことかわからなかった。あの入札方式で妙なことが出来るはずがないからだ。
「なんのです?」
「WINDOWSサーバーでの提案は認めないと言われました」
「ああ、あのひとWINDOWS嫌いだから。でも、ユニックスと二つ出せばいいじゃないですか?」
「それが駄目なんです。WINDOWSサーバーの企画を出したら、全部没にすると言われました。ユニックスだけにしろと言うんです」
 僕にはどうにも意味がわからなかった。
 彼はあからさまにユニックスサーバーを推奨している。ならば、出てきた結果を見て、ユニックスを選べばいいのに、どうして最初から案を出すなと言い出したのだろう?
「それで、なんの得があるんでしょうね?」
「おそらく、部長さんや重役さんが『安いからこっちにしよう』と言い出すと困るからじゃないかと思うのですが・・・・・・」
 なるほど、そういうわけか。もともとWINDOWSの企画も出させようとしたのは僕だ。彼はそれが気に入らなくて、個別に呼び出してはその提案自体を止めていたのだろう。  おそらくすべての業者がそういう釘をさされているはずだ。
「僕も結論的にはユニックスがいいと思ってるんです。だから別に大したことじゃないかもしれない」
 僕がそう言うと、加藤課長はほっとしたような表情で言った。
「つまり、ユニックスの方がいいと言うだけであって、我が社の不利になるような話というわけではないと言うことですよね?」
「多分そうでしょう」
 ぼくも加藤課長と同意見だったのだ。
 しかし、これにははとんでもない策略があったことを後で知ることになった。

2002年4月30日 実録連載−バリー岡田の陰謀10。提案結果検討!

 バリー岡田がWINDOWSサーバーの見積もりは出さないように大同システムに申し入れたのは、単に僕のしたいままにされるのが気に入らないバリーの抵抗だろうと、僕は考えていた。
 人間、つまらないことでも自分がもっている影響力を使ってみたくなるものだ。それによって、権力欲のようなものを満足させることが出来る。
 考えてみればいかにもちっぽけな権力欲だけど、ちっぽけなサラリーマンにとってはそれが大事なのかもしれない。とにかく業者に威張りたいバリーにしてみれば、「俺の言ったことの方がヒラリーマンの言葉よりも上なんだ」ということを実感できればいいのだろう。
 僕はバリーのことを上司に言いつけるつもりはないけれど、部長にも重役にも「複数の提案を各社から貰う」と説明していただけに、バリーのこの言動を伝えないわけにはいかなかった。
「そう言うわけで、WINDOWSの提案はないかもしれません。結果的にはユニックスになるとしても、安いシステムだといくらなのかというのも見てみたかったのですが・・・・・・」
 部長と重役はちょっと困った顔をしながらも、バリーの行為にたいして問題にするつもりはないようだった。
「まぁ、岡田君はたぶん、どうせ採用されない案を業者に作らせるのはかわいそうだと思ってそうしたんじゃないかな。他意はないと思うよ」
 そんな配慮がバリーにあるわけはない。しかし、上司にしてみればバリーの普段の言動など知らないのだし、業務上大きな問題があるとはっきり言えるだけの根拠がないのだから仕方がない。僕もこの場ではそれ以上何も言わないことにした。

 入札の提出締め切りの日が来た。各社それぞれ営業マンが封筒に分厚い提案書を入れてもってきた。余裕で前日にもってきた会社もあれば、時間ぎりぎりの会社もあったけれど、とりあえず4社分すべてが集まった。
 さすがに正式入札方法を採ろうとなったためにバリーが事前に提案書を覗いて業者に訂正の指示を出すということは出来なくなっていたから、もしかしたら大同システムもバリーの要求通りにしなかったかも知れないと、僕はちょっと期待をしながら封筒を開けた。
 後輩の矢田君が各社が提出した内容の概略を表の形でホワイトボードに書いていった。
 入札価格、機器構成、OS、提案概要などが書き込まれ、だんだんと表ができあがってきた。残念ながら僕の期待に反して大同システムはユニックスのみの提案をぶつけてきた。やはり、僕の意見よりもバリーの意見が通ったと言うことだが、平社員と課長の要請なら、課長の方を優先するのは業者としては仕方がない。
「結構高いなぁ、大同さん・・・・・・」
 大同システムの提案価格が高かったので、これじゃ他社には勝てないかもしれないなと、加藤課長の顔を思い出しながら考えていた。そしてふと顔を上げていま書き込まれたばかりのダンピングシステムの提案表を見て、僕は驚いた。
「ダンピングシステム(株)。1億2000万円。WINDOWS2000サーバー・・・・・・」
 WINDOWSサーバー? どういうことだ!
 WINDOWSサーバーの提案は蹴るとバリーは言っているのだから、これではダンピングシステムは最初に候補から消えることになる。バリーはダンピングシステムとうまく連絡を取らなかったのだろうか。
 バリーは鈴木SEに、「俺はダンピングシステムの利益になるようになんて偏った考えはもっていないさ。会社のためにもっとも良い業者を選ぼうと当然思ってる」と言っていたのだが、僕は「何を言ってやがる、背任野郎のくせに!」と思っていたのだ。
 すると、バリーの言った通りなのだろうか。バリーがダンピングシステムと組んで自分の利益になるように動いているというのは僕の勘違いで、彼は本当は会社のために一生懸命やっていたのと言うことなのだろうか。
 僕はなんだかわからなくなってぼーっとしてしまった。
 しかし、そうもしていられない。この入札会議は僕が主催者なのだから、議事を進行しなくてはいけないのだ。ところがそう思ったところで例の声がした。
「まーあのー」
 でたぁ・・・・・・バリーの出しゃばり攻撃!
「まーあのー、こういう形で各社の提案が出ましてぇー、まーあのー、こうして並べてみまして、まーあの〜」
 まーあのーの連発でバリーが解説するところによると、4社のうち要件を満たしているのは大同システムとダンピングシステムの2社だけなので、のこりの2社はまず落選と言うことだった。
 確かにその内容からして、僕もそれには賛成だった。落選の1社は入札価格で勝てないと思ったのかまともな勝負を避け、自社製品のCMをすることに切り替えたらしく、提案と言うよりもほとんどが宣伝行為だった。もう一社はある部分の開発に自信がないらしく、そこの部分は担当できないとしてきたため、お断りせざるを得なかった。
 さて残るは2社だが、ダンピングシステムはWINDOWSサーバーなのだから、それを頭から否定していたバリーとしては、落選にせざるを得ないだろう。
 すると残るは大同システムだけになるので、思ったよりも簡単に業者が決まることになってしまった。と、そう思ったのだが・・・・・・。
「まーあの〜」  またバリーがしゃべり出した。
「まーあの〜、これを見ますと、ダンピングシステムが1億2千万、大同システムが1億3千万円ですから、大同さんもがんばってくれましたが、まーあの〜ダンピングシステムの方が優位と言うことで・・・・・・」
 なんだって?
 おいちょっと待てよ。なんだそりゃ?
 ダンピングシステムはWINDOWSなんだから、落選じゃないのかよ!
 僕はキツネにつままれたような気持ちになっていた。 

2002年5月1日 実録連載−バリー岡田の陰謀11。採用業者決定

 バリー岡田はあれほど「WINDOWSサーバーでの提案は認めない」と言っていたのに、自分がコンサルタントをしているダンピングシステムの提案がなんとWINDOWSサーバーだった。
 バリーはこの会社をなんとしてでも採用しようと必死になっているのだから、当然ユニックスサーバーでの提案を安価に出してくるのだと僕は思っていた。これではダンピングシステムは落選決定なのだ。
 ところがバリーはしたたかだった。
 なんと、ダンピングシステムの提案をなんの否定的なコメントもつけることなく認めてしまったのである。これにはさすがに重役も部長も「あれ?」という顔をした。
 バリーは自分がWINDOWSを思い切り否定した話が重役と部長に伝わっていることを知らないのだ。
「まーあの〜そういうことで、ダンピングシステムの提案の方で決まりと言うことでよろしいでしょうか?」
 口をあんぐり開ける我々3人と、それに気づいてか気づかないでか、強引に決定しようとするバリー。そこにはしばらく無言の空白時間が発生した。
「岡田課長・・・・・・」
 やっと重役が口を開いた。「ダンピングシステムはWINDOWSサーバー、大同システムはユニックスサーバーだが、これらは比べてみて信頼性などはどうなのかね?」
 いい質問だ。これについては誰がなんと言っても「ユニックスの方が上だ」と言わざるを得ない。そしてそうなれば価格差だけで決定は出来なくなる。
「まーあの〜、確かに以前は差がありましたが、今に至っては全く差がありません」
 げげげげっ! なんだって?
 舌の根も乾かないうちにと言うかなんというか、呆れる意外にどうしようもない。自分が主張していたことをこうも簡単にひっくり返せるというのは、まともではない。
「まーあの〜、うちは銀行でもありませんし、このシステムは絶対に一瞬たりとも止めてはまずいと言うものでもないですし、幾分か差があったとしても、この構成で問題はないと思いますし、今では差がないと言って差し支えありません」
「24時間止まらずに稼働すること」。これがバリーが口頭で大同システムに言った条件の一つでもあった。それをあっさり何事もなかったように引っ込めたのだ。
「ヒラリーマンがいる手前、この間と違うことは言えない」とかなんとか、そんなことは考えないのだろうか?
 いつもなら、矛盾点を見つけたらすかさず攻撃してくる重役と部長だが、今回はやけにおとなしい。なぜかと思ったら、彼ら二人の脳の思考回路は停止してしまったらしいのである。つまり、ヒラリーマンの言うことが正しいとしたら、バリー岡田は完全にいかれてる。しかし、課長にまでなってる男がそんなはずはない。部長も重役も常識の範囲での問題に対して即座にあれこれ考えるのは得意ではあるが、常軌を逸した社員を目の前にすると、「計算対象外です」と脳みそコンピューターがはじき出し、ハングアップ状態になるらしいのだ。
 重役はかなりの間をおいてから、再び言葉を発した。その発言は終始冷静に言葉を選んだものだった。
「岡田課長。評価の方法についてはヒラリーマン君に頼んだのだけれど、今あなたが出そうとしてる結論はそれに沿ってのものかな?」
「い、いえ。まーあのー、ヒラリーマン君はこうしたケースでの判定は未経験ですから、わたしがわたしなりに・・・・・・」
「僕はヒラリーマン君にその業務を依頼したんですから、岡田課長は意見として添えるのみにして、ヒラリーマン君の検討結果を聞かせてください」
 確かにそうだ。いつの間にかまた会議をバリーに乗っ取られてしまったけれど、ここは僕が進行することになっていたのだ。
「まーあの〜、そうですね。それじゃあのーヒラリーマンくんの意見も聞いてみてということで。ヒラリーマン、どうだ?」
 自分が中心になりたがるのはこの人の性分なのか、それとも何か理由があっての今だけのことなのか、よくわからないところがある。しかし、ハッキリしていることは、僕にとってはどちらにしても迷惑だと言うことだ。
 僕はすぐに3人にあらかじめ用意しておいた評価ポイント表を配った。
「このような順番で評価したいと思います。まずは要件をクリアしていることが前提。それをクリアしてれば、セキュリティー、信頼度、機能面、価格などそこに書いてある項目で点数をつけてその合計点で比べたいと思います」
「なるほど。それじゃこれでやってみようか」
 と、重役が言い、4人でそれぞれの項目についてポイントをつけていった。
 信頼性の項目では重役の「一般的にはユニックスの方が上だろう?」の一言で、バリーの「同じです」説はかき消された。そしてできあがった表を見ると、合計点は大同システムが若干上回っていた。
「すると、とりあえず大同システムが最高点ってこったなぁ〜」
 と、部長が言った。
 何となく雰囲気が「これで決まりだね」となりかけたとき、バリー岡田がまたしゃべり出した。
「まーあの〜、ヒラリーマンくんが一生懸命やり方を考えてくれたわけですが、まーあの〜、これはこれでいいと思うんですが、まーあの〜、わたしの経験から意見を言わせていただくとするとですね、まーあの〜他にも技術レベルというような項目が必要じゃないかと思うんです」
 評価が終わって結果が出てから評価項目にケチをつけるというのは、話を逆に戻すということになるから、会議の方法としてはめちゃくちゃだ。つまりバリーは破れかぶれになってきているのだ。
「技術レベル? というと?」
 重役が言った。
「まーあの〜、つまり品質としていいものができるかどうかと言う問題なるわけです。まーあの〜、わたしがこの両者に技術レベル点を付けるとすると、まーあの〜、大同さんはWEBシステムの開発はあまり得意じゃないですし、ダンピングさんはいろいろと経験も豊富なので、まーあの〜こんな風になるかと・・・・・・」
 これまたびっくり。今まで評価したすべての項目に対して5点満点法でやっていたがどの項目も4点と3点という感じで1点程度の開きだったのに、なんとバリーは技術に関しては大同が1でダンピングが5だと言うのだ。これを採用すると逆転でダンピングシステムの勝ちとなる。
 バリーは説明を終えて、重役の様子をうかがいながら首をかくかく動かしていた。いかにも緊張してる証拠なのだ。
 しばらく考えて、重役が言った。
「入札にヒラリーマン君が4社を選びましたよね、岡田課長?」
「はい、しかしあの、ヒラリーマン君というか、わたしの意見も多く入っての決定なんで、あれはヒラリーマンくんが1人でやったというわけではなくて、まーあの〜わたしの承諾の中でやったわけでして・・・・・・」
 自分が中心だと言うことをバリーは主張したいのだが、これはバリーの失敗だった。
「つまり4社選択についてはあなたも納得してるわけだね、岡田課長。するとだ・・・・・・その4社はすでに当社が業務を依頼するに足りる技術力を持っているとあなたも認めたわけだね?」
 バリーが凍り付いた。確かにその通りなのだ。これにはバリーも反論が出来ない。
「と言うことは、今更技術点なんてつける必要はないわけだね、岡田課長。だったらさっきの採点結果でいいんじゃないのかね?」
 バリーの目はしばらくバケツの中のおたまじゃくしのように動き回っていたが、しばらくするとそのおたまじゃくしは動きを止め、バリー岡田は無言で頷いた。
「ということは、岡田課長。我々は冷静にこの結果を分析した結果、どっちの業者を選択すべきなんだろうね?」
 重役がそう言うと、またバリーは黙り込んだ。
 バリー岡田はホワイトボードに書かれた表を見たり資料を見たりしていたが、さすがに重役以下数人の視線に耐えきれずに、ついに口を開いたのだ。
「だ、大同システム・・・・・・さんです」
 バリー岡田は明らかに落胆していた。

2002年5月2日 実録連載−バリー岡田の陰謀12。バリーの逆襲

 バリー岡田がダンピングシステムに仕事を持っていきたかった理由は二つある。一つは自分がプロジェクトを仕切りたいという、出しゃばりーな性格のため。そしてもう一つはダンピングシステムの社長とバリーが友人関係にあり、ダンピングシステムからコンサルティング料をもらっているからだ。
 しかし、重役も部長もバリーのコンサルティングについては知らない。
 もしも僕が学生であれば単なる噂でも、証拠のない情報でも流すことができる。しかし、社会人になるとそう簡単にはいかない。バリーがコンサルティング料をもらっている話はバリー自身が鈴木SEに漏らしたことではあるけれど、口頭で言っただけでなんの証拠もない。それに、それ自体は会社も禁じてはいないのだ。
「ダンピングシステムの方が優秀だと思うからそちらにしたかっただけで、賄賂をもらってる訳じゃない。コンサルティングとは別の観点で、当社の利益を思ってのことです」とバリーが言えばこの話は終わってしまうのである。
 もちろん「疑わしい」とは誰でもが思うだろう。でも、疑わしいだけなのだ。どう見ても横領だというものだって、会社が刑事事件に持ち込むことはほとんどない。ほとんどは自己都合の退職となる。明らかな不正が発覚して懲戒免職にしても、相手が逆に訴えてきたりするケースも多いので、こういうことに会社は慎重だ。だから確固たる証拠のない「不正」を指摘することは、嫌う傾向にある。おそらく僕がこのことを上司に報告しても、それはただの中傷扱いとなってしまうだろう。
 いや、それ以上にこっちにも意地がある。そんな手口を使わなくても、自分で乗り切ってやる、という気概くらいは僕にもあったのだ。

 結局僕が画策した入札でバリーの思惑は崩れ、重役の冷静な指摘で完全にバリーは敗退したはずだ。彼はがっくりうなだれて再起不能になったと確信していた。そして僕は「してやったり」と晴れ晴れとした気持ちでいたのだ。
 ところが数日後、そんな脳天気な頭に爆弾が直撃した。

「それはいったいどういうことなんだべか?」
 吉田部長の訛りを聞いていると、あまり緊急事態を感じない。
「つまり、金がないと言うことですよ」
 と、バリーが言った。
「このプロジェクトの予算はいくらでとってあったんです?」
 重役が書類をめくりながら言った。
「九千万円ちょうどです」
 バリーの顔は、困ったことになったという悩む顔ではない。えらいことなっちゃいましたねぇ。さぁ、どうするのかお手並み拝見させていただきましょう、というような、他人の交通事故を楽しそうに眺める野次馬のような表情を浮かべていた。
 皆が考え込んでいると、バリーは得意げな顔をして言った。
「九千万でやれるんですよ、この仕事は」
 喋った後にみんなの反応を楽しそうに眺めている。その顔は明らかに勝者の顔だ。
「入札をした結果がそうだと言うことは、これが相場なんじゃないのかね。あなたの見込みに誤りがあったんじゃないの?」
 重役がバリーにそう言うと、バリーは待ってましたとばかりにいつもの口調でしゃべり出した。
「まーあの〜。わたしに任せていただければ、この開発は九千万でのはなしにもっていけたんですよ。まーあの〜、今回はヒラリーマン君が・・・・・・ま、ああいう『入札』というやり方で・・・・・・いや〜初めてだから勉強代ってことで考えてもアレなんですが、しかし・・・・・・。4千万の勉強代はどうですかね。これを勉強代としてしまうかそれとも、なんとかするか・・・・・・ですね」
 僕には話がさっぱり状況がわからないので、部長に説明を求めた。部長の話によると、こういうことらしいのだ。

−このシステムを構築するにあたって、岡田課長は九千万円の予算を組んでいた。今年は予算のオーバーを認めないという経理部の方針なので、それ以上は出せない。予算設定の責任者は課長だが、中堅社員はその作成に関わっているはずなので、ヒラリーマンも当然知っている話しであり、入札結果は予算内に納めるようコントロールしてるものだと思っていた。まさか予算が9千万円しかないとは夢にも思わなかった。部長も重役も各課の個別の予算は管理していないので、この開発予算も把握していなかった。−

 しかし、僕にも寝耳に水の話だった。
「ぼくは予算作成には全くタッチしてないので、今始めてそのお話をうかがいました。予算が9千万なのは知ってましたが、それをオーバーすれば追加予算を申請すれば良いと考えてました。予算オーバーがだめだなんて、今年からなんですか?」
 と、僕は正直に答えた。例年なら予算は予算、実績は実績で、理由があれば予算オーバーはできたのだ。しかし、僕はそんな話を一度も聞いたことがなかった。この情報は予算会議に出ている管理職しか知らない。ところがバリー岡田がとんでもないことを言い出したのだ。
「まーあの〜、ヒラリーマン君は忘れてるようですが、まーあの〜この予算については彼も同意して作成してるものですから、初めてだと言うことはないと思うのですが・・・・・・」
 僕は全く聞いていない。バリーはなんでもやりたがって、自分が抱え込んだ話しを僕には一切しなかった。そのことで部長に苦情を言ったことさえあった。しかし、言った、言わないの話をしてもしょうがないので、これ以上弁解はしなかった。
「九千万円にするやり方があったってのは、どういうことなんだ?」
 部長がバリーに尋ねた。
「まーあの〜、なんて言いますか、競争入札みたいな感じで数社入れながらの交渉ですね。単純な入札じゃなくて、交渉と入札を絡めるような・・・・・・これは経験も必要ですけど、そう言う手法で九千万くらいにはなりますが、ヒラリーマン君にはちょっと無理だったみたいですね」
 予算が九千万ということをバリーがダンピングシステムに言ってないわけがない。それなのに彼らは1億2千万の見積もりを出だしてきた。これはどういうことなのだろう。いくら仕事を貰っても、9千万円では利益が出るかどうかもわからないし、利益が出ない仕事をとってもバリーに利がないではないか。僕は今ひとつ、彼のもくろみが読めないでいた。
 調子づいたバリーが言葉をつつけた。
「まーこの〜、このままヒラリーマン君にやってもらうとなると、4千万円は『勉強代』ということになりますが、まーこの〜、わたしに任せていただけるんでしたら、ダンピングシステムには無理を通せると思うんですけど、まーこの〜、無理も言えるチャンネルもあることですし、その辺の交渉をさせていただいてもいいかなと、思うんです」
「君はどう思うかい、ヒラリーマン君?」
 重役が僕の意見を求めた。
「予算内に納めなくてはいけないと言うことは理解しました。しかし、入札をして業者を選んだんです。入札後に値段交渉で値引き要求をするのは信義違反です。ましてや『お宅に決まりました』と大同システムに連絡しているのですから、今さら業者を変えることなんてできません。企業としてやるべきではないと思います」
「しかし、九千万を越えるとなると、社長決裁は降りないだろうな」
 と、重役が言った。
「それならば、機能を落として九千万分だけの開発を行い、来期別予算で機能拡充を図るということではどうでしょうか?」
 今のところ僕にはこの案しか思い付かなかった。
 しばらく様子を見ていたバリーが再度重役に決断を迫った。
「今回開発する内容はすでに予算会議のときに社長にまで説明しています。機能を落として予算通りの金額というのはかっこわるいでしょう。それならどうでしょう、9千万で大同システムに話を持ちかけてみたら? それで駄目ならダンピングシステムにもっていきます。まぁ、大同が受けられるわけはないと思いますけどね」
 大同が受けられる分けない金額で、どうしてダンピングシステムは大丈夫なのか。たしかにすでに値引き額には1千万の差があるから、ダンピングシステムの方が有利だ。しかし、どうもそれだけではないような気がするのである。
「わかった。それでは9千万で大同にぶつけてくれ、ヒラリーマンくん。駄目なら岡田課長に任せてダンピングでやってもらう」

 しかし、大同がこの仕事を受けることはないだろう。前期赤字を出した大同システムは個々の開発で赤字になるものはすべて受けない方針になっていることを僕は知っていた。今回は損しても次回得すればいいというような営業戦略はとれない事態になっているのだった。
 重役が言った「岡田課長に任せる」は、ダンピングシステムとの交渉の話なのか、それとも今後のすべてなのか僕にはわからなかった。
 しかし、そんなことを質問する気もすでに失せていたのだった。

2002年5月7日 実録連載−バリー岡田の陰謀13。情報漏れ?

 今回の入札はもっとも価格の低い業者を選ぶものではなかった。そう言う意味では価格を絶対視する必要はない。しかし、そうであっても出された条件の中でもっとも好条件の先をチョイスし、その条件で仕事を依頼するのが入札の基本ルールだ。入札をしておいてさらに条件を求めるというのは、客の立場を利用した暴挙ではないだろうか。僕にはやはり大同システムに値引き交渉を持ち込むのは気が重かった。
 でも、このままではバリー岡田がダンピングシステムに仕事を持ち込んでしまう。そして彼は好き勝手に振る舞うだろう。
 しかし、僕はちょっと考えてみた。自分は特に実権を握りたいとは思わないし、仕事の中心にいないと我慢できないわけでもない。会社で高い地位に就きたいともあまり思わないし、「あいつは好きな仕事しかやらない」と言われながら、楽しんで仕事ができればそれでいい。一生懸命やろうとしていた仕事をバリーに邪魔にされたことと、バリーの行為が会社にとってマイナスとなる背任行為だと思ったから腹が立っただけなのだ。邪魔をされたことは腹立たしいけれど、1億2,3千万のシステムが9千万でできあがるという話なら仕事としては文句はない。それならば、バリー岡田が好きにやってもいいじゃないか、と思えてきた。
 だいたい僕はこういう面倒くさいことが嫌いなのだ。
 しかし、僕も自分の仕事だけはきちんとしておこうと考えていた。どうせダメにしても、あの手この手で考えて交渉をしてみるのも楽しいかもしれない。それに、どういう交渉をしてその結果どう駄目だったのかを重役にも報告しなくてはいけない。
「めんどくさくなったのでやめました」
 と言うわけにはいかないから、「これだけの交渉をした結果こうだった」という報告が出来るようにやってみようと、作戦を練り始めたのである。
 まず、単純に「9千万円にしてください」と言っても大同システムは「はいそうですか」と言うわけはない。だから、大同システム側の開発コストを低くする提案をだして、その上で9千万円での開発を依頼しようと考えた。画期的でもなんでもない方法だけど仕方がない。
 そのためには、大同システムが提案してきたユニックスサーバーをWINDOWSサーバーにする必要がある。さらに、こちらが要求した以上に提案としてつけてきたあらゆる機能を「次期開発候補機能」として今回は見送ることにすれば、かなりのコストが抑えられるはずだ。
 それから、おなじ機能にしても将来を見込んだ作りにするために、コストのかかる作り方をしようとしている部分がかなり見受けられたから、この辺を削ることも検討できる。大同システムは我が社のシステムを知り尽くしているので、この辺のところにも気を配って提案してくれていたのだが、それがコスト高になっていた。
 僕は鈴木SEとなんども打ち合わせを重ね、コストを約2千5百万円分削り落とした。これは思ったよりも大きな額だった。
 それならば、あと1千5百万円を大同システムに値引きしてくれれば9千万円になる。いままでの経験上これは無理な額ではない。彼らの営業政策上も何とか出来る額じゃないか。これはもしかして、交渉が成立するかも知れないと、僕はわくわくしてきた。

 翌日、大同システムの加藤営業課長がやってきた。
「先日は当社に決めていただきまして、ありがとうございます」
 まずはこういうお礼をぶつけられて、話を切り出しにくくなるんだろうな、と僕は構えていたのだが、様子は違った。なんだか妙な雰囲気に調子が狂ってしまい、思わず、「おはようございます。まーあの〜」と、口調がバリーになってしまった。
「まー、とりあえず大同さんに業者が決定したというようなことになってきたのですが・・・・・・ええと、大同さんはあれでどれくらい利益がでるもんなんでしょうね?」
 相手の利益を削る話だからこれは気になる。正直に言うわけはないのだが、感触はつかめるだろう。
「出ません」
 げっ。
「でないんですか? 全く?」
「ユニックスサーバー4台入れてあの価格です。ダンピングさんと1000万の差しかなかったとは聞いていますが、あれだけのシステム構成の差なら、価格差はもっと広がるはずです。うちはぎりぎりまで値を下げて勝負しました」
「そ、それは・・・・・・」
 利益がない話よりも、ダンピングシステムの入札額を知っていることに僕は驚いた。入札額はおろか、入札参加業者すら秘密と言うことになっているのだから。
「加藤課長。あの〜その話はいったいどこで?」
「本日のお話は、9千万円に値引き、というお話でしょうか?」
 加藤課長は僕の質問に答えずに、値引きの話をいきなり切り出した。9千万円なんて話も業者は一切知らない話だ。値引き交渉上の秘密なのだから当然だ。
「ええ、まぁそういうことなですが・・・・・・」
「その件でしたら当社は辞退させていただきたいと思います。誠に残念ですが当社としてもぎりぎりの中でやっておりまして、ご希望には添いかねます。申し訳ございません。上司も含めまして一応検討はさせていただきましたが、辞退させていただくことで会社としての方針も決まっています。また次回なにかのシステム開発がありましたら、チャレンジさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いします」
 何も言う前に、あっさりと断られてしまった。交渉というのはお互いの手持ちのカードの出し方で流れが変わって来るものだ。加藤課長はもっていないはずのカードを突然僕の前に並べて、こちらがカードを出す前に場を降りてしまったのだ。
 相手のもっている情報が見えないのだから、これ以上話が出来ない。僕はそう判断してこの話をいったん切り上げた。
 加藤課長を見送った後、僕はしばらく考え込んでいた。そしてあれこれ思案していると、バリー岡田が「重役が呼んでいるのですぐ行こう」と言った。
 重役室に入ると、部長がすでに待っていた。

「大同との話はどうだったんだい?」
 と、部長が切り出した。こうなったらまずは状況を報告するしかない。
「けんもほろろに断られました。ただ、交渉自体はこれからだと思っています」
 こちらの提案はまだ出していないのだから、交渉の余地はあるし、僕がはじき出した数字で、渡り合えるだろうと考えていた。
「そりゃ無理だろう。大同さんは今回は辞退すると担当重役まで了解してるそうだよ。交渉決裂ってところだろ」
 と、バリーが言った。
「課長、どうして知ってるんですか?」
「さっき加藤課長に電話で聞いたんだよ」
 部下の仕事がうまくいかなかったときに、こんなに嬉しそうな顔をする上司も珍しいだろう。バリー岡田は仕事の後の生ビールの一口目をすするときよりもよほど嬉しい顔をしていた。
 バリーは重役に向き直り、ダンピングシステムへの交渉に移らしてほしいというような話を始めていたようだが、僕は別のことを考えて聞いてはいなかった。
 会社同士の交渉事で、課長が判断し、部長、重役と話を通すまでにはそれなりの時間はかかるはずだ。値引きの交渉をしろと重役に指示されてから二日しか経っていないし、加藤課長は僕が話を切り出す前から答えをもっていた。これはおかしい。
 しかし、それがおかしいことと、交渉決裂との関係は明らかではない。バリーが何かやったのかも知れないという疑問は当然持つけれど、ここでそれを言ったところで「しらない」と言われればそれまでのこと。
 僕は悶々とした気持ちで重役室を後にした。

2002年5月8日 実録連載−バリー岡田の陰謀14。バリーが加藤課長に電話?

「えらいことになっちゃいましたね」
 僕がため息をつきながらマシンルームでうだうだしていると、鈴木SEが話しかけてきた。
「まぁ、しょうがないよね。でも良かったのかも知れないなぁ」
「なんでですか?」
「だってさ、この仕事はどう見ても赤字だよ、業者にとっては。我々にとって大事なのは業者をたたくことじゃない。相手が儲けすぎないように適正価格に押させて、良いシステムを作ることだ。そのために相手にコストダウンを要求するのは大事だけど、コストを押しつけ過ぎたらろくなシステムはできないよ。そんな仕事を僕は仕切りたくないからね」
 正論でもあるけれど、これは自分に対する言い訳だった。
 負けておいて、「負けて良かった」のだと自分に言い聞かせる。人間なら何度か使ったことのある自分を慰める手口だろう。
 それに、バリーの奴もあの価格じゃダンピングシステムにありがたがられることもないだろうという思いもあった。
「それにしても、参ったよ。ぜんぜん交渉の余地がなかったんだから」
 僕がそう言うと、鈴木SEは意外な顔をして僕に訊いた。
「なんでですか? あれだけの妥協案を出して交渉したら、少しは相手も考えるでしょうに?」
 確かにそうだ。あの案は僕が基本線を考えて、鈴木SEの知識を借りながら仕上げて行ったものだ。鈴木SEが不思議に思うのは当然だろう。
 しかし、実際にはその話を出す間すらなかったのだ。
「それがさ、加藤課長は僕の話を聞く前に、9千万円なら手を引くと言ってきたんですよ。話にもなにもならなかったなぁ。つまり事前に9千万の話は知っていたみたいなんですよ」
 僕がそう言うと、鈴木SEはしばらく腕組みをして考え込んでいた。
 マシンルームはコンピューターを守るために常にエアコンで20度に保たれている。冬は暖かく感じるが、春先の今頃になってくると逆に寒く感じる。
「やっぱり寒いね。鈴木さんはここが好きだよねぇ。俺は寒くて嫌だな。じゃ、またあとでね」
 鈴木SEは自宅にもマシンルームを作っていて、コンピューターをいじるのが趣味らしい。会社でもマシンルームにいるのが一番幸せだというのだから変わった人だ。
 僕がマシン室を出ようとしたとき、鈴木SEがつぶやいた。
「それ、岡田課長ですよ、きっと」
 僕は振り返った。
「それって、なにが?」
「9千万の話ね、それ、岡田課長が大同に漏らしたんです」
 僕は岡田課長が情報を漏らしたことについてはさほど驚きはしなかった。おそらくそうだろうとは思っていたからだ。
 バリーは鈴木SEを完全に掌握しているつもりでいる。
 派遣社員という鈴木SEの身分を左右できる権限は岡田課長にある。だからバリーは鈴木SEは自分に忠実だと思っているのだ。
 確かに鈴木SEはバリーをおそれているし、彼に背を向けることが出来ない。
 しかし、長いつきあいの僕にたいして、たまに情報を流してくれるのだ。
 僕は決して彼に無理をさせるつもりはない。彼が口を開いたときだけ、それを聞くようにしていた。
「なんでそう思うの?」
 いえ、まぁ・・・・・・と彼は口ごもった。
 やっぱり立場上言えないということか。それは仕方がない。
 しかし、僕が訊くのをやめたとたんに、彼の方から喋りだしたのだ。
「実は、岡田課長が今回の値引き交渉のことについて、ここに入り浸っていろいろと話していったんです。岡田課長は最初、楽天的でしたよ。『ヒラリーマンは何もできない』『あいつが交渉でうまくやれるわけがない』『情報システムは俺でもってるんだ』『黙っていても俺が仕切ることになる』って、えらい鼻息でしたよ」
 いかにもバリーらしいと、僕は思わず鼻で笑ってしまった。
「『ヒラリーマンは女にもてるけど俺はもてないから頭に来てる!』って、言ってなかった?」
「あはははは。ないないないない」
「ないかぁ。あっはっは!」
 それにしても、ずいぶん舐められてるなぁ。
 ところが鈴木SEによると、自信たっぷりのバリーの顔色が途中で変わったというのだ。
「ヒラリーマンさんと二人でコスト削減の案を作ったじゃないですか。あの交渉案の話を岡田課長にしたんです」
「あれ、言っちゃったんだ?」
「すみません。どんな話をするのかと訊かれて、僕もとぼけるわけにいかなくて・・・・・・。何しろ岡田課長は僕の生命線を握ってるし・・・・・・」
「それはそうだよね。それで?」
「それで、あと1千5百万円の値引きを要求すればいい状況になったと言う話をしたら、突然不機嫌になって顔色を変えて、ここから出ていったんです」
「それで?」
「それで執務室の方に行ってみたら、岡田課長が加藤課長を電話口に呼びだしてました」
「どんな話だった?」
「それが、岡田課長に睨みつけられちゃったんで、僕はマシン室に戻りました」
 聞かれたくない話だったのだろう。
 その話がもしも僕の交渉を妨害した話であれば、鈴木SEの証言を元に重役に直訴できたかも知れないという考えが頭を少しだけよぎった。
 しかし、たとえ鈴木SEがその話を聞いていたとしても、鈴木SEにそれを依頼するのは酷だろう。それに、上司に密告するというのも男としていただけない話だ。
 だけど、バリーがそれだけ慌てたとなると、少なくても僕の交渉の準備は間違っていなかったらしい。ということは、「ヒラリーマンには何もできない」という考えには「間違っていた」という結論をもたらせたはずだ。
 そう思っただけで僕の気は少し晴れた。
 バリーがいったい加藤課長に何を言ったのか、それには興味があった。
 それを知ってどうするわけじゃない。単なる興味に過ぎない。
 あとはバリーが勝手にやればいいし、システムがちゃんとできあがればそれでいいのだ。
 しかし、今それを大同システムの加藤課長に訊くわけにはいかない。
 このシステムの開発が終わって、数年して、もしも岡田課長が転属にでもなったら加藤課長に訊いてみよう。「あのときはどんな話があったんですか?」と。
 そのときは彼もなんのしがらみもなく教えてくれるかも知れない。
 それは3年後なのか5年後なのか。そのときは僕もこんなことがあったことを忘れているかも知れないなぁ、とぼくはすでにバリー岡田とのバトルを放棄しつつあった。
 今回のシステムはバリー岡田ご推薦のダンピングシステムに決定し、そしてバリーがプロジェクトの指揮を執ることになるだろう。
 今でもバリーは「情報システムは俺がすべてやってる。他の奴はダメだ。俺が・・・・・・俺が・・・・・・」とあちこちで言いまくっているのだが、それがさらに元気良くなるはずだ。
 それも面白いかも知れないなぁ〜と、僕は思っていた。

 ところが翌日、事態は急転した。
 それはある男の疑問から端を発したことだった。
 そしてその疑問が次第に解き明かされると、バリー岡田の陰謀が浮き彫りになったのだ。
 それは二人の男を激怒させる結果となり、バリーとのバトルは再開されることとなった。

2002年5月9日 実録連載−バリー岡田の陰謀15。連合軍結成

 大同システムとの交渉に失敗した翌日、大同システムの加藤課長からメールが届いた。
 今では当たり前に使っているメールだけど、彼からメールを貰ったのは初めてなので、僕は奇妙に感じた。
 彼はメールだと失礼だと思うのか、必ず電話で連絡をしてきていたのだ。
「先日のホテルの喫茶室でお会いしたい」
 これがメールの趣旨だった。
 今までに僕はその喫茶室で2回加藤課長と密談をしている。それはいずれも加藤課長がバリー岡田に聞かれたくない話をするときだった。
 おそらく今回もそうだろう。しかし、メールで言ってきたところがさらに機密性を高めたい意思を表していた。
 僕は約束よりも5分以上早く到着し、周りの客を眺めながら待っていた。
 この時間、ホテルの喫茶室はビジネスマンで一杯だ。皆、会社幹部とおぼしき人ばかりだ。年齢と雰囲気からして重役クラスの人ばかりだろう。
 しかし、こういう人たちが細かい商談をまとめているとも思えない。もしかすると企業同士の高度な問題を話したりするのだろうか。
 中には僕らのように、内緒話をするために会社の応接室を抜け出した人たちもいるのかも知れない。
「遅くなりまして・・・・・・」
 約束よりも5分ほど遅れて加藤課長が顔を見せた。加藤さんは優秀な営業マンなのだけれど、絶対に遅刻するという癖があるのだ。
「いえいえ、どういたしまして」
 待ったお詫びはコーヒーをご馳走になることで十分だ。
「今日来ていただいたのは他でもありません・・・・・・」
 久々に聞いたフレーズだった。「他でもありません」。これ、昔よくドラマのせりふで出てきたのだけれど、実際には聞いたことがなかった。
 広島県人でもないおじいさんが「わしはのう〜」と言うのを聞いたことがないというのと同じくらい、「実際にあるのかよ?」と思わせるフレーズがこの「ほかでもない」なのだ。
「実は一昨日岡田課長から電話をいただきまして・・・・・・」
 鈴木SEが言っていた例の話だ。
「岡田課長はこうおっしゃったんです。『うちのヒラリーマンが明日、9千万円への値下げの話をもっていく。自分は入札後の値引きは良くないと主張したのだが、ヒラリーマンが強引に重役を説得した。彼は自分が9千万円の予算しか組んでいなかったために、その見込み違いを叱責されないようにお宅に押しつけようとしている。困ったもんだ。』と」
 なんだって!?
 開いた口がふさがらないとはこのことだ。値引きの話に反対したのは僕1人だったのに、その僕が値引きを画策した張本人になっているのだ。
「それは話があべこべですね。逆です」
「でもそうおっしゃってます」
 それは俺じゃないとここで主張しても水掛け論になるだけだろう。そう思ってそれ以上のことは言わなかった。
「それから・・・・・・」
「え、まだあるんですか?」
「はい。『こんな仕事受けても赤字になるだけだろうから、今回はお宅のためにも辞退した方がいい。俺は大同さんのために言っているんだ。じきにいい仕事を回すから』と」
 はぁ、なるほど。そうやって辞退させたのか。
 しかし、ダンピングシステムはどうやって採算を取ろうとしてるのだろう。
「それでですね、わたしが『機能ダウンを認めていただけるなら検討できます』と申し上げたんです。そうしたら『ヒラリーマンはユニックスにこだわっているので、機能ダウンは認めないそうだ。機能を落とすなら自分が担当したくないので、課長とダンピングシステムでやってください、なんて言ってやがるんだよ。全くまいるよなぁ。俺、こういう仕事めんどくさくて担当したくないんだけどねぇ、ははは』と言われました」
 なんだそりゃ。開いた口がふさがらないどころか、あきれかえって気絶しそうだ。
「それで大同さんは岡田課長に辞退を迫られて、今回の仕事をやめたんですか?」
「そうではなくて、岡田課長の情報を検討した結果、その金額ではとても受けられないと判断したんです」
 あのままの機能で9千万円じゃ、当たり前だろう。
「あのですね、僕は大同さんに機能縮小案を提示した上での値引きを考えて用意していたんですよ。そのままの機能で要求しようとしていたなんて、そんな話デタラメですよ」
 しかし、バリー岡田の言っていることが本当なのか、僕の言っていることが本当なのか、加藤課長に判断は出来ないだろう。
 それを証明する手だても見つからないし、時間をかけて納得してもらったとしても、それではもう遅い。
 バリーは昨晩のうちにダンピングシステムに「お宅に決めた」とでも言っているかもしれない。
 いまさらどうにもならない話だなと、僕は思った。
 ところが、加藤課長はあっさり僕の言うことを信じたのだった。
「岡田課長のお話を信じて我々としては辞退ということでの対応を決めたのですが、それがどうもおかしいのではないかと思い直したんです。わたしの上司も同感です」
「というと?」
「だって、ヒラリーマンさんがうちとの交渉役だったのでしょう? それなのに前日に岡田課長は予算額や交渉の手口やら内情やらをわたしに伝えてきたんです。これは情報漏洩ですよね。それから実は、入札の結果も正式に通知される前に岡田課長から連絡があったんです。『内緒だけど教えてやる』って」
 どういうことなんだ。そんなことをしてバリーになんの得があるんだろう。
「ただ連絡してきただけなんですか?」
「『俺が大同さんにいくように手を貸してやった』って、そうおっしゃってました」
 なーんだ。ただ恩着せの電話をしたのかぁ。
 え、しかし待てよ。バリーは大同に仕事が行かないようにがんばっていたんじゃないか。全く呆れた人だ。
「とにかく、大変失礼ですが岡田課長は普通じゃありません。そうなると、ヒラリーマンさんのおっしゃることが本当なのではないか判断したわけです」
 うへ。前からバリーはかなりおかしかったと思うけど、今ごろにならないとわからないほど、僕とバリーのおかしい度はいい勝負だというのだろうか?
「そんなわけですから、わたしも騙されたと気が付きまして、非常に腹が立っています。それで、もう一度チャレンジすることにしました」
「チャレンジって?」
「今回の仕事、何とか受けられるように改めてヒラリーマンさんと交渉させてください」
 僕はあっけにとられてしまった。いったん「辞退」を表明した会社がまた交渉を続けるなんて、バリーに喧嘩を売っているようなものだ。
 バリーは絶対にそのことについて騒ぎ出すに決まっている。
 もしも失敗すればバリーは堂々と大同システムを切り捨て、すべての仕事をダンピングシステムに移してしまうだろう。あの会社は対応が悪い、なんていう口実を作ることになるのだ。
「大丈夫ですよ、ヒラリーマンさん。あの交渉はわたしとヒラリーマンさんとのものでしょう。岡田課長への返事はオフレコということになります。それを正式な返事のように主張はできないでしょう」
 確かにそうだ。重役に対しても説明ができないはずだ。
「あとはヒラリーマンさんが、『あれは第一回交渉であって、交渉はまだ継続中』と上の方に改めて言ってくだされば、このまま交渉を続けられます」
 加藤課長はただ仕事をとりたいという気持ちではないようだ。バリーの鼻をあかしたい、という気持ちがありありとしている。それは僕も同じだった。
「やりましょう」
 僕がそう言うと、加藤課長は無言で手をさしだした。
 そして二人はがっちりと握手を交わし、ここに妙な連合軍が結成されたのだ。

2002年5月10日 実録連載−バリー岡田の陰謀16。大同との交渉再開なるか?

 僕は会社に帰ると早速部長と重役にアポイントメントをとった。
 ある程度察しているのか、部長はバリーを打ち合わせのメンバーにくわえようとはせず、僕だけをつれて重役室に入った。
 しかし、重役はそうではなかった。
「岡田課長はどうした? 彼も呼んでください」
 僕と部長は顔を見合わせたが、そう言われては呼ばないわけにはいかない。
 どうやら重役はまだバリーの本性がわかっていないらしい。
 バリーが遅れて部屋にはいると、打ち合わせが開始された。
 僕は大同システムに当社の妥協案が伝わっていなかったので、それを伝えて改めて交渉を継続したいという話を切り出した。
 すると予想通り、バリー岡田が突然声を荒げた。
「なに言ってんだ、ヒラリーマン。大同システムは自分から『今回は辞退する』って言ってきたんだろ。会社としての正式な方針を伝えてきたんだろうよ。いまさら何を寝ぼけたことを・・・・・・。だめだだめ。業者が一度おりるといったん言ったんなら、そりゃだめだよ」
 しまった、と僕は思った。
 バリーがこういうことを言い出すのを警戒して、僕は彼抜きで重役の了解を取り付けておきたかったのだ。
 これで重役に「たしかにそうだ」とでも言われたら、どうにもならない。その場で大同システムは採用不可と言うことになってしまう。
 もうちょっと作戦を練っておけば良かったと後悔したがもう遅い。
 重役は腕組みをして考え込んでいた。そして言ったのだ。
「それは岡田課長の言う通りだなぁ。そうだよなぁ・・・・・・」
 やられた。
 明らかに僕の作戦負けだ。
 きちんとした打ち合わせではなく、根回しの方法で重役にアプローチするべきだった。
 加藤課長になんて言えばいいのだろうと、僕はすでにお詫びの仕方を考え始めていた。
 勝ちを収めたと確信して上機嫌のバリーは調子に乗ってしゃべり続けた。
「会社対会社ってのはな、そう言うのはダメなんだよ。わかってんのかヒラリーマン。一度正式に表明したことを簡単にひっくり返すなんてのはな、認められないんだ。やらねーって言ったんなら今後一切出入りして貰わなくていい。ろくに話も聞かずに断ってきたのは向こうだろ。大同はダメだ。話をころころ変える会社なんてのはろくなもんじゃないよ。あそことはもうつき合わない方がいいと俺は思うな。どうです重役。大同は今後一切うちの仕事からは切りましょうよ。誠意がないですよ、あいつらは。対応が悪すぎます。ダンピングシステムの社長とはわたしはツーカーの仲ですし、大同を切っても十分やっていけます」
 バリーは自分が喋っているうちに余計なことまで調子に乗って言い出す癖がある。自分の喋ったことで相手がどう思うかとか、その情報がどう流れるかとかを見極める能力に欠けていた。
 だから彼がやったり言ったりしたことが情報として僕に流れてきてしまうのだ。
 たった今も、バリーは余計なことを言ってしまったのだが、自分では気づいていない。
 そして、そのためにまたバトルの流れがにわかに変わったのだ。
「岡田課長。あなた、ダンピングの社長とツーカーだから大同システムを排除したいの?」
 と、重役がつっこんだ。「一度おりたんだから、もうダメという話はそうかなと思ったんだけどね、あなたの話を聞いてるとどうも、大同を排除したい意図があるみたいに聞こえるんですよ。それはダンピングシステムに便宜を図りたいから、ということですか?」
 重役の厳しい物言いに、僕は驚いた。こんな強い口調で追求するとは思わなかった。
「い、いえ、そう言うことはな、ないです」
「岡田課長はダンピングシステムと当社の社員として以外の関わりがあるんですか?」
 そう重役が言うと、バリーの顔色が変わった。
 バリーはしばらくいいわけを探していたが、言葉が出てこない。
 バリーは意外と小心者なのだ。
「ダンピングシステムにはもう話をしてあるの、9千万で受けてくれと言う交渉の話?」
 と、重役がバリーに訊いた。
 この質問はいいわけに苦慮していたバリーにとっては救いだったかも知れない。
「いえ、まだでございます。申し訳ありません。ダンピングの社長に直接話した方がはやいと思ったのですが、ちょうど彼は今日まで出張でして、帰ってから会おうと・・・・・・」
 汗をかきながらバリーは連絡の遅れを弁解した。ところが重役のその遅れについて文句を言うつもりはまるでなかった。
「そう。じゃ、よかった」
「は?」
 バリーの顔全体が疑問符状態になった。
「まだ話してないのなら丁度いい。話してしまったのなら大同さんにおりて貰うしかないが、話してないのならいいでしょう。ヒラリーマン君、大同との交渉は継続してください」
 やったーっ!
 僕は心の中でガッツポーズを作ったが、バリーは突然後から殴られたような顔をしていた。
「し、しかし重役、やっぱりその、いったん会社としての結論を通告してきたのですから・・・・・・」
 バリーはすがるように喋り始めたが、重役はバリーの発言を遮ってさらにバリーに質問した。
「入札等の書類は誰が宛先や差出人になってますか?」
「あの、うちは情報システム部長で、大同は営業部長です」
 と、バリーが答えた。
「大同システムの回答は部長名で正式に来たんですか?」
「いいえ。そうではないですが、わたしが電話で確認しましたし、ヒラリーマンだって重役にご報告したはずですから、正式なものとして考えております」
 と、バリーが言った。
「それなら正式回答じゃないでしょう。ヒラリーマン君から報告は担当者レベルの経過報告でしょう」
 と、重役が言った。すると、バリーが顔を左右にブルブルっと振ってから言った。
「しかし、加藤課長が課長であるわたしにもそのように連絡したのですから、その話は内定というか、そう言うことじゃないでしょうか」
 バリーがそう言うと、部長が口をはさんだ。
「大同との話しはよ、ヒラリーマンに全部任したべよ。岡田課長は自分から加藤課長に電話して、オフレコで状況を聞いただけだべ? そんじゃー正式な回答じゃねーやな」
 部長がそう言うと、バリー岡田は黙り込んでしまった。
 これ以上抵抗しても無駄だと、バリーは悟ったようだった。
「では、我が社としてはまだ大同システムと交渉中という認識でいいですね?」
 そう重役が言うと、僕と部長はすぐに「結構です」と返事をした。
 少し間をおいて、バリーも仕方なさそうにうなずいた。
「それでは、岡田課長はしばらくダンピングシステムに対してはこの件について話さないでいてください。ヒラリーマンくんは大同システムと話を続けてください」
 重役がそう言うと、打ち合わせは終了した。

 僕は早速「交渉継続」のことを加藤課長に電話で連絡した。
「そうですか、ありがとうございます。ヒラリーマンさんからいただいた機能削減案を元に、こちらで検討を始めさせていただいてます。夕方に一度お話しできると思います」
 加藤さんの方はすでにスタートしていたらしい。
 夕方5時頃、加藤課長がSEを伴って来社した。
 情報システム部がある6階は避け、総務部や経理部がある7階の会議室で打ち合わせ行った。
 6階に来れば当然バリーに気づかれる。バリーが加藤課長を見つければ応接室に連れ込まれて、
「どんな話だった?」
 と首をつっこんでくる恐れがあったからだ。
 この後数日にわたり僕は加藤課長たちとの打ち合わせを行ったが、それはすべて6階以外の会議室で行った。
 バリーもしばらくしてそのことに気づいたらしく、僕が執務室を出るとすぐに僕を捜して歩くようになったらしい。
「しょっちゅう僕のところに岡田課長が来て、ヒラリーマンはどこで会議してるのかとか、どんな話になってるのかとか、聞くんですよ。この間僕もヒラリーマンさんに呼ばれて会議室に行ったじゃないですか。そしたら岡田課長が会議室の入り口のところで様子を伺ってたんですよ」
 と、鈴木SEが笑っていた。
 総務部の女性からも、
「この間岡田課長が会議室に耳くっつけてましたよ」
 と言われたが、残念ながら会議室は先日防音工事をしたばかりだから、何も聞こえないだろう。
 僕は、会議室の前をうろつくバリー岡田を想像すると、おかしくてたまらなかった。
 しかし、笑ってばかりもいられない。
 彼がそこまでするということは、まだ何かするつもりだと考えるのが当然だろう。
 僕は喜びつつもさらにバリーへの警戒心をつのらせたのであった。

2002年5月13日 実録連載−バリー岡田の陰謀17。大同システムの提案裁定

 重役裁定から二日後、大同システムからシステム概要のまとめと、提供価格の提出があった。
 これは、僕と鈴木SEが作った機能削減案をうけて、大同システムとして9千万円の予算で受けられる最大限の案を再提出したものだった。
 ところがその内容は我々が思った以上に豪華で、こんな価格で出来るのかと心配してしまうものだった。
「これ、ほんとうにやるんですか?」
 僕は一抹の不安を抱えて加藤課長にそう質問をした。
「SEがどうしてもやると言ってますし、営業サイドとしても了解してます」
 なんと大同システムはユニックスサーバーからWINDOWSサーバーへの変更は行わずにシステムを構築するというのだ。
 もっとも簡単に費用を削減出来るカ所だっただけに、それをやらないとなるとかなり苦しい台所事情になるはずだった。
「SEが意地になってるんですよ。岡田課長にWINDOWSはダメだってあれほど言われてユニックス一本で提案したのに、ダンピングさんにはWINDOWSで提案させたでしょ。だからSEが怒っちゃいましてね。何がなんでもこれでやると譲らないんです」
「だけど、赤字になりませんか?」
「正直言って赤字です。下請け数社を使いますが、彼らに払う額で9千万は消えることになります。うちの社員が10人ほど動きますが、これはタダ働きです」
「そんなことして大丈夫なんですか?」
「社員のただ働きは、とりあえずあまり表に見えないので、営業戦略と言うことでごまかせます。さすがに下請けに払う額が9千万を越えたらすぐに社内監査で引っかかりますけどね」
 この仕事をとらないと、他の仕事も持って行かれるという危機感がそこにはあったのだろう。
 だから、ある程度は営業戦略上の理由があるのだとは思うけれど、会社としての意地みたいなものもそこには感じられた。
「わかりました。この案なら問題ないはずです。それでは重役に報告してきますので、結果は後ほどお知らせします」
「ヒラリーマンさん、よろしくお願いします」
 加藤課長は深々と頭を下げたが、頭を下げたいのはこちらだった。

 勝負は簡単についた。
 重役、部長、そしてバリー岡田を交えた打ち合わせで、大同システムの採用にあっさりと決まったのだった。
 機能的にもダンピングシステムの提案よりも上であり、システム機器構成は明らかに上。それで金額は9千万円でやるというのだから、ケチのつけようがない。
 ずっとむくれっ面のバリーであったが、一切反対することが出来なかった。
「本当に出来るのかねぇ。投げ出すんじゃないだろうなぁ〜」
 と嫌味だけは言っていたが、それは重役の裁定になんの影響も与えなかった。
「では、大同システムに9千万円で依頼することにします。わたしから大同さんの社長にお礼の手紙を出しておくよ。そうすれば営業さんたちも赤字請負で叱責されないだろう」
 と、重役が大同システム採用の結論を出し、そしてもう一言を付け加えた。
「今回のシステム構築はヒラリーマンくんがプロジェクトリーダーと言うことになっているね。そのまま進めてください。この開発の推進については課長レベルの判断まではヒラリーマンくんに権限委譲します。岡田課長はヒラリーマンくんから要請があったときのみ、手助けしてください」
 ようするに、バリーに「口出しするな」と言ったのである。
 バリーは「ヒラリーマン、がんばれよ」と思ってもないことを口にして、作り笑いをしたまま重役室を出ていった。

 これでこの仕事の山場は切り抜けたと、と僕は思った。
 大同システムは当社のシステムをほとんど把握している。新参の業者に比べれば細かい話をしなくても開発は出来るし、気心の知れた開発メンバーたちだから、意志の疎通も楽だ。
 あとはいつも通りに開発管理をしていけばいいのである。
 考えてみればくだらないバトルに時間と体力を裂いてしまった。
 でも、もうあんなつまらないことに神経を使う必要はない。
 これでやっと本来の仕事に戻れる。そう思っていたのだが、そこに鈴木SEが気になる話を持ち込んできたのだった。
「ヒラリーマンさん、気をつけてくださいよ」
「なにを?」
「岡田課長ですよ。まだ何かやるつもりです」
「どうしてわかるの?」
「さっき僕のところに来たんですよ、岡田課長。それでこう言ったんです。『ヒラリーマンの野郎、頭に来た。俺がダインピングシステムに決めてたのに、大同にもって行きやがって。でも見てろよ、この仕事は俺がとりまとめることになるからな』って」
 僕はどっと疲れてしまった。
 バリーはまだなにかやるらしい。なにか企んでいるのかは知らないけれど、彼の企みを推測したり警戒したりするのはもう疲れた。
「鈴木さん、出たとこ勝負でいこうや」
「そうですね」
 こう二人で話している間も、バリー岡田はマシン室の前を行ったり来たりして様子を伺っているのだった。

2002年5月14日 実録連載−バリー岡田の陰謀18。マネージャーを狙うバリー

 業者が大同システムに決まった翌日、早速大同システムから営業部長と技術部長の二人を筆頭に、総勢10人が来社した。
 彼らの目的は、このシステム構築を引き受ける挨拶と今後の進め方についての相談だった。
 当社側は重役、部長、バリー岡田、僕の4人が出席した。相手が部長クラスならこちらも部長クラス以下で応対するのが普通なのだが、重役に挨拶もしたいという大同システムの希望があり、あいにくと他の時間に重役のスケジュールがとれなかったので、この会議に重役も参加することになった。
「当社のプロジェクトマネージャーはSEの小野が担当します。今後御社との窓口はすべて小野が行います」
 と、大同システムの田所技術部長が小野マネージャーを紹介した。
 プロジェクトマネージャーというのは会社間のマネージメントを行う担当者だ。
 取りきめ事項の確認や質問など、大同システムと我が社との間での連絡はすべて双方のプロジェクトマネージャー同士で行い、それ以外のルートでは一切話をしない。
 そうしないといろいろは情報が交錯してしまうからだ。
 僕はプロジェクトリーダーを拝命しているが、プロジェクトリーダーがマネージャーを兼任することは必ずしも必要ではない。
 実際の開発に入っていくと、業者をコントロールするのはプロジェクトマネージャーになる。マネージャー以外は業者に対して指示が出せないのだ。
 このプロジェクト以外のこの仕事は、いままでバリー岡田が課長として一手に引き受けていた。
「業者をたたくのは楽しい。脅せばすぐに頭を下げてくる。この仕事は面白くてやめられない」。そう公言してるバリー岡田にとって、プロジェクトマネージャーほど楽しい仕事はない。
 業者に威張り散らし、脅したり無理難題をふっかけて相手を困らせては喜ぶのが今までの彼のやり方だった。当然彼はこの地位につきたいと願っていただろう。
 ところが今回は非常に大きなシステムであり、各部署から人間を集めてのプロジェクトなので、システム課だけの仕事ではなくなった。
 そこに重役が「プロジェクトリーダーはヒラリーマン」と僕を指名してしまったのだから、バリーとしては面白くない。
「御社はどなたがご担当されるのか、お決めいただけますか?」
「ええと、それはヒラリーマン君がプロジェクトリーダーなので・・・・・・」
 プロジェクトリーダーなのでマネージャーも兼任する、と部長は言いたかったのだろう。しかし、バリー岡田がその言葉を遮って発言を始めた。
「まーあの〜」
 得意のフレーズだ。
「やっぱりそのー、プロジェクトとしてそのー、開発内容のユーザーレベルといいますか、実現する機能についての取りきめはプロジェクトチームが担当すると言うことで、ヒラリーマンくんの指揮と言うことでいいと思います。しかし、まーあのー、実際の開発管理という意味ではこれは情報システム部システム課が今まですべてやっておりまして・・・・・・今後もそのようにするのがよろしいかと思います」
 バリーがそう言うと部長が間髪入れずに言った。
「ヒラリーマンもシステム課員だから、それでいいんじゃねーの?」
 しかしバリーは続けた。
「まーあのー、たしかにそうなんですが・・・・・・、会社間での連絡責任者ということですから、両社間で同じレベルでのやりとりが一番良いと思うんです。まーあのー、部長なら部長同士、課長なら課長同士ということで・・・・・・。まーあのー、小野さんはマネージャーということで課長クラスかと思いますので。まーあの〜こちらもそれに合わせてということが大同さんとしてもご都合がよろしいのではないかと思いますが、神田部長いかがですか?」
 バリーは大同システムの神田部長に向かってそう投げかけた。
 これはおそらくバリーが事前に練り上げた作戦だろう。
 部長はどうやらヒラリーマン側についている。重役もヒラリーマンにやらせたがっている。そうバリーは判断した。
 このままでは勝ち目はないと考えたバリーは、思い切った作戦に出のだ。
 つまり、部長でも重役でもなく、大同システムの部長に「その通り」と言わせることにしたのだ。
 大同システム側が「バリーにやって貰いたい」という意志を表明すれば、重役にしても「そちらがそうおっしゃるなら」という判断をせざるを得なくなる。
 他社との会議の場で妙なやりとりも出来ないから、「それでもヒラリーマンに」と部長が主張することもないだろう。
 大同システムとしては自分たちがスムースに仕事が出来る体制がありがたいのだから、それが出来るなら誰でもいい。
 そして、今後のことを考えればシステム課長との関係は良好に保っておきたいはずだ。
 そのシステム課長が「自分がやりたい」という意志を公の場で表明しているのだから、大同システムとしては賛成せざるを得ないだろう。
 そう考えてバリーはさんざん喋りまくったあげく、神田部長に意見を求めたのである。
 そしてその作戦は図に当たった。
「ええ。そうですね。あのー、当社としても立場的に同じレベルの方がよろしいかと思います」
 と、大同システムの神田営業部長があっさりと同調した。
 バリーは「してやったり! どうだ、おまえはヒラで俺は課長だもんね!」とばかりに、僕の顔を見てニタリと笑ったのだった。

2002年5月16日 実録連載−バリー岡田の陰謀19。小野マネージャーの意外な一言

 バリー岡田は業者のコントロール役となるプロジェクトマネージャーの就任を画策した。
 そして大同システムの部長にたいして「小野マネージャーと同等の役職の人を望む」という趣旨の同意をとったのだ。
 この作戦には敵ながら僕も感心せざるをえなかった。
 プロジェクトリーダーは僕ではあるがプロジェクトマネージャーがバリーとなれば、リーダーの考えを無視して勝手なことをはじめるのは目に見えていた。
 僕はバリーの異常さを重役が承知してくれていることを願うしかなかった。
 そして「それでもヒラリーマンがマネージャーになれ」と言ってくれることを念じるしかなかったのだ。
 しかし、実際には難しい。
 この状況で業者の幹部がいる中で身内の対立のようなことを会議室で繰り広げるわけにはいかないからだ。
 そして、やはりそう思った通りだった。
「そうですね。会社同士のやりとりですからレベルは合わせましょう」
 と、重役が言った。
 バリーは押さえきれないうれしさで、顔をゆがませていた。

 ところがその直後に、バリーのそのゆがんだ顔が違う意味のゆがみに変わることになった。
 大同システムの小野マネージャーが思いもしない言葉を発したのだ。
「あの、わたし主任です。管理職じゃありませんので・・・・・・」
 と、小野マネージャーが言った。
「へ?」
 バリーは唖然とした。
 なんと、彼が管理職だと思いこんでいた小野マネージャーの身分は、僕と同じく主任だったのである。
 小野マネージャーが主任クラスと言うことになれば、当社も主任クラスをマネージャーにすれば釣り合いがとれる。
 バリーはしばらく言葉を失っていたが、気を取り直すと神田部長に食ってかかった。
「うちの仕事に対してマネージャーに管理職をつけないと言うのはどういうことですかね。普通こういう場合は管理職が責任を持ってやるべきでしょう。うちを軽く見てるってことになるんじゃないかな」
 こうなったら相手のマネージャーを課長クラスに取り替えるしかない。バリーは必死だ。
 ところがこれにはすぐに重役が反応した。
「岡田課長。それは内政干渉だよ」
 バリーが押し黙り、重役が言葉を続けた。
「誰がマネージャーとしてふさわしいかはその会社さんで決めることだ。うちもヒラリーマンで行こうと考えていたんだし、これで丁度いいじゃないか」
「ええ、まあ、そうかも知れないですね・・・・・・」
 と、バリーは作り笑いをしていたが、意外とあっさり引っ込んだ。
 これはおそらく場外戦に持ち込むつもりだな、と僕は思った。
 つまり会議ではここまでにして、別途談判しようと言うことだ。
「それじゃー、ヒラリーマンも主任だしプロジェクトリーダーだから、ヒラリーマンがマネージャーを兼任するってことで、いいっすね?」
 そう部長が言うと、みんな一斉にうなずいた。

 会議が終了するとバリーは部屋に戻ろうとする重役を急ぎ足で追いかけ、重役の部屋に押し掛けて行った。思った通りだ。
 自分のいないところで「ヒラリーマンは・・・・・・」なんて嘘八百並べられ他のではたまらない。
 そう思って僕もついていこうとしたら、バリーに制止された。
「ちょっと重役と別件で話があるから、君は遠慮してくれ」
 こう言われては仕方がない。
 同席した部長の話によると、バリーは大変な別弁をふるったそうだ。
「ヒラリーマン君には無理です。彼に任せたらこのプロジェクトは崩壊します。わたしは会社のために言ってるんです。必ず失敗します。だからわたしがやりましょう。どう考えたって彼には無理です!」
 あまりに熱心な説得に重役も少しは思案したらしい。部下にリスクを指摘されておきながら、もしも本当に失敗したら自分の責任になりかねないと思うのは当然。
 重役と言っても所詮はサラリーマンなのだ。
 ところがバリーは熱弁をしすぎて、ついでに「ヒラリーマンの悪口」を延々1時間並べ立てたのだそうだ。
 重役も、「もしかしたらヒラリーマンには重荷かも知れない」という気持ちが若干あったものの、バリーの人格に疑問を思ったらしい。
 本来なら部下庇ったり、引き上げようと努力するのが上司というものだ。
 ところが彼の言動はそれに逆行している。
 しかも、重役も僕とは数年一緒に仕事をしているだけに、バリーの言っていることのいくつかが明らかに事実と反すると気が付いた。
 こうなると、「こいつの言っていることは、信用できない」と考えるのが当然だろう。
 結局はバリーが繰り広げる悪口ショーがバリーの意図とは逆の結論を引き出してしまった。
「すべてヒラリーマンに任せます。岡田課長は一切口出ししないように」
 と重役はバリーに釘をさしたのだ。
 バリーは完全にプロジェクトから遠ざけられてしまった。
 これは今年の情報システム部の目玉となる仕事であったため、しきり屋のバリーとしては我慢できないものだった。
 これから数日間、バリーはコンピュータールームに押しかけては鈴木SEが「うるさくて仕事ができない」と嘆くほど「ヒラリーマンの悪口」を喋りまくった。
「『なんで俺じゃないんだ。どうして俺にやらせないんだ!』って、毎日言ってるんですから参りますよ」
 と鈴木SEは顔を曇らせていた。
 しかしバリーはこの程度で、ただ愚痴を言ってるだけのかわいいおじさんに落ち着く男ではない。
 バリーの妨害工作はこの後、走り出したプロジェクトの作業にまで及ぶのだった。

2002年5月17日 実録連載−バリー岡田の陰謀20。バリーの後ろ盾

 突然、人事課長の幕田さんに「飲みに行こう」と誘われた。
 幕田さんは僕が労働組合の中央執行委員をやっているときに幹部だった人で、後に中央執行委員長にまでなった。
 労働組合の幹部だった人が人事課長をやっているというのはあまり例がないかも知れないが、当社では組合幹部を経験するのが出世への足がかりなのである。
 仕事が終わると二人で東京駅八重洲の地下街にある、そば屋に入った。
 このそば屋は夜になるとほとんど飲み屋になっていて、東京駅近辺のサラリーマンが仕事の疲れを癒しにやってくる。
「ヒラリーマンとは久しぶりだな」
「そうですねぇ、組合の時はよく飲みましたけど、最近では滅多にないですからね」
 そんな他愛もない話をしながら二人は酒を飲み始めた。
「懐かしいよなぁ、組合のころ」
 と、幕田課長が言った。
「結構僕、活躍してましたよね?」
 と僕が言うと、幕田さんはニカっと笑った。
「面白かったよなぁ、おまえ。幹部の方針に反対ばかりしてるし、団体交渉ではアドリブかましまくるし、めちゃくちゃだったよな」
「そりゃそうですよ。小学校の卒業式じゃないんだから、決められたセリフを喋るなんてできませんよ」
「だけど、そのせいでおまえ、中央執行委員クビになったんだよな。あの頃は立場的に俺も言えなかったけど、ヒラリーマンが引っかき回したのは面白かったよ。はっはっは!」
 労働組合というのは古い体質の組織だった。
 自由に意見を言えと言いながら、本当に言うと嫌がられる。
 僕らは幹部が決めたことに「はい、その通りです。すばらしい!」とたたえて、後は印刷作業などにかり出されるだけの、兵隊要員だった。
 それなのに僕がああだこうだとかき回したものだから、「あいつはうるさい」ということで僕はクビになってしまったのである。
 しかし僕はあまり労働組合が好きではなかったので、クビになったときは「ラッキー」だと思ったのだが、それは「出世への足がかり」をなくした瞬間でもあった。
「ところで、岡田課長にはいろいろと苦労してるみたいだな」
 と、幕田課長が訊いた。
 どうやらこれが今日の本題らしい。
 幕田課長の耳に入っていると言うことは、どこかで噂にでもなっているのだろうか。
「いろいろというわけじゃないですが・・・・・・。なにか聞こえてきましたか?」
「この間、岡田さんと飲む機会があってね。他にも数人いたんだけど、岡田さんがずっと君の悪口を言ってたよ。そのうちこっちも不愉快になってきてね、俺と総務課長の町田さんとで『いい加減にしてくれ』って言ったんだけどね」
 これだけ聞けば、だいたいどんな調子だったのか、想像がついた。
「『俺の目の黒いうちはヒラリーマンを絶対に昇格させない』とまで言ってたぞ」
 外で宣言してるとはすごい意気込みだ。
「理由は言ってました?」
「いやー、大した理由はなかったな」
 正当な理由なんてあるはずがない。
 バリーが課長に就任した当日、「ヒラリーマンを育成してくれ」と重役と部長に言われた。
 その直後にバリーは挨拶したばかりで初対面の鈴木SEに、「俺はヒラリーマンの育成なんてする気はない。絶対に昇格なんてさせない!」と息巻いたのだという。
 このとき僕はまだ彼と会ってもいなかった。
 どういう人間かお互いに知らなかったのだから、相手が誰かはバリーにとっては関係がない。
 主任が昇格すれば課長代理になる。
 課長代理は数年後には課長候補になる。
 すると自分の地位が危ぶまれると、彼は思ったのだろう。
「岡田さんがああいう人だってこと、上の人はわかってるのか?」
 と幕田課長が訊いた。
「ちょっとは感じてるとは思いますが、岡田課長がやってるいろんな『おかしなこと』は部長も重役もご存じないです」
「どうして言わないの?」
「ほとんどの情報源がSEやプログラマーや業者なんですよ。彼らは僕が誰にも言わないと信用して話してくれてますから、その情報をもとにした話は部長や重役には言えないし、本人を追求することも出来ないんです」
「なるほど。そうなると難しいな」
 僕がバリー岡田と敵対する理由は二つあった。
 一つはバリーがダンピングシステムに不正に仕事をやらせようとしていることだ。
 僕は大同システムの肩を持つ気はないが、バリーの片棒を担ぐのはごめんだ。
 そしてもう一つはバリー岡田がやっと手に入れた課長職を守るために、部下を蹴落とそうとしていること。
 僕は出世に興味はないけれど、それでも蹴落とされるのは気分が悪い。
 しかしどちらの話も情報源に迷惑がかかるからおおっぴらに出来ないと言う歯がゆさがあった。
「そうか。わかった。それなら詳しくは聞かないけどね。困ったもんだなぁ・・・・・・」
 と、幕田課長が言った。
 こうして気にしてくれる人がいるだけで、僕には十分だった。
「そのことを突きつけないとしても、岡田課長と直接とことん話し合ってみるっていうのはどうなんだ?」
 と、幕田課長が言った。
 それは、僕も考えたことがあった。しかし僕はそれを断念した。
「幕田課長。話し合いが意味をなすかどうかは相手次第ですよ」
 と僕が言うと、幕田課長は盃を一気に飲み干してから言った。
「それ、わかる。人間ってのはある程度の良識とか、暗黙のルールとか、そう言うものを基本に生活してる。それでははっきりしない部分については話し合いとか契約とかをするわけだがね。ところがその基本部分を犯すのが平気な人っていうのは、なんの話をしてもだめなんだよな。因縁つけてきたヤクザを正論で説得するようなもんだからね」
 まさにその通りだ。
 幕田課長はなおも続けた。
「実は岡田課長は他でもいろいろあってね。財務の綾部さんとか、営業の永田さんとか、いろんな人が岡田課長と仕事をしたらしいんだけれど、そのたびにほかの人に岡田課長が『あいつはバカだ。間抜けだ。仕事が出来ない奴だ。仕方ないから全部俺が仕切ってやった』みたいなことを言いふらすらしいんだよ」
 その手の発言は、日常茶飯事だ。
 システム課に何かを頼みに来た人がいると、バリーはニコニコ笑って「はいはい、いいですよー」と言うのだが、その人が帰ったとたんに、「バカ! そんなこともわからないのか、アホ。ったく!」と毒づくのである。
 どうやらバリーの被害にあっているのは僕だけではないらしい。
「彼は常軌を逸しているね。それでね、システムの方ではどうなのかと思ってね」
 なるほど。つまり幕田課長はバリーが重役や部長にどう思われているのかを人事課長として探りたかったのだ。
「岡田さんはこの間まで情報システム部担当だった常務が引っ張ってきた人だろう。だからね、常務の顔もあるからなかなか難しいんだよ」
 と、幕田課長が言った。
 常務は新重役の上席にあたり、会社ではナンバー2の存在だ。
 常務が昔課長クラスだった頃にバリーは彼の部下だったらしい。そのときは上司に従順な部下だったらしく、常務はバリーをかわいがっているのだという。
 今では常務は情報システム部の担当ではない。だから、情報システム部内のもめ事には口が出せない。
 しかし、管理職の人事と言うことでは常務の意見力は強いのだ。
「常務がついている」。もしかしたらそれがバリーの強みなのかも知れない。
 バリーが数年後の地位を心配しているのは、そのときは常務が引退している可能性が強いからだろう。
 しかし、こうなるとあと2,3年はバリー課長は健在で、僕の昇格もないと言うことになるらしい。
 しかしそれよりも、こういうバトルをあと何年もやるのかと思うと、僕はうんざりするのであった。

2002年5月27日 実録連載−バリー岡田の陰謀21。不在を狙え!

 新システムの開発業者が大同システムに決まり、プロジェクトマネージャーには僕が就任した。
 これでバリーは一斉このシステム開発には口を出さないことになった。
 今後、当面はプロジェクトメンバーが集まって、システムの機能を細かく決めることになる。
 機能が決まったら、これをどうシステムに作り上げるかを大同システムと打ち合わせて、その内容が決定したら大同システムが基本設計書を作成する。
 しかし、基本仕様書が出来るまでの間、僕らが何もしなくていいわけではない。
 大同システムは作業をしながら細かいところを質問してくるから、それに対して回答しなくてはいけないし、そのために調査や打ち合わせが必要になる。
 出来てきた基本仕様書をチェックして修正を依頼したりするのは僕らの仕事だ。
 そしてこれができあがると次ぎにプログラム設計があり、そしてプログラミングへと進んでいく。
 僕はプロジェクト定例会議を毎週水曜日に実施することに決め、それを各メンバーに通知した。
 驚いたのはそのことを部長に報告した際、横で聞いていたバリー岡田が言ったことだった。
「ヒラリーマン君、来週の水曜は俺、都合悪いんだよ」
 すでにこのシステム開発にバリーは無関係となったはずだ。それなのにどうしてバリーのスケジュールが関係するというのか。
 部長も「あれ?」という顔をしていた。
 バリーは勝手に会議に出るつもりでいるのだ。僕は仰天したけれどとっさに、
「いえ、これはプロジェクトのメンバーの会議ですから!」
 と払いのけた。
 オブザーバーと言うことでシステム課長であるバリーがプロジェクト会議に出席することはそれほど変なことではない。
 しかし、オブザーバーなどと言う身分で行動できるバリーじゃない。彼を会議に入れたらとたんに司会を始めてすべてしきり始めるに決まってる。
 そして、一度入れてしまったら「次回から出ないでください」とはなかなか言えないものなのだ。
「俺は出なくていいということ?」
 と、バリーが言った。
 当たり前だ、ぼけ。おまえなんかに出てもらってたまるか! と言いたいところだけれど、ここはぐっと押さえた。
「プロジェクト会議ですから、出席者はプロジェクトのメンバーですよね。課長はメンバーじゃないから出ていただかなくてもいいんですよ」
「出ないでくれ」じゃなくて「出なくてもいいんです」と言うわけだが、僕がバリーも意味するところはわかっている。
「あ、そう。大丈夫なのかね」
 と、嫌味を言いながらも、バリーは引っ込んだ。
 しかしこれで、バリーがまだ自分が仕切るチャンスを狙っていることだけは明らかになった。

「これからが大変ですよ。来月、再来月はヒラリーマンさんは毎晩残業でしょうね」
 マシン室に立ち寄ると、鈴木SEが僕の顔を見るなりそう言った。
「毎晩? 週に一度はノー残業デーがほしいなぁ」
「そんなの無理ですよ。とにかく機能詳細を決めないといけないんですからね。あまり時間もないし、期限通りに仕上がるかどうかはヒラリーマンさんのリーダーシップにかかってます」
「ひぇー。プレッシャーかけないでよ!」
「でもヒラリーマンさん、こういうプロジェクトのリーダーを平社員がやるのは前代未聞ですよ。だけど平社員で良かったですね」
「なんでさ?」
「だって、残業代がっぽがっぽでしょ!?」
 確かに平社員だからこそ残業代がもらえる。でも、どうせ貰ったところで我が家の場合、僕のこづかいには全く影響がないのだから悲しい。

 思った通り、ノー残業デーなんて作ることは出来なかった。
 僕は毎日のように残業することになった。
 ある程度のたたき台を作って会議を開き、みんなの意見を取り入れてまた修正するという作業が続いた。
 この連続で僕はシステムの機能を決めていった。
 ときにはその機能について他の部署の了解を求めたり、あるいは要望をまとめ上げる必要があった。
 そんなときにはそこの部署の課長や部長に話をもっていくことになるのだが、僕がプロジェクトリーダーになっていることはすでに社内に通知済みなので、「課長を出せ」と言われることもなく順調に進んでいた。
 ある時、プロジェクトチームの中で検討した結果、どうしても営業部に承諾を得なくてはいけない機能がでてきた。
 他の機能やコンピューターの性能などいろいろと考えた結果、どうしてもこうしてほしいという内容について、営業部に納得して貰おうと言うことになったのだ。
 こういう問題は話のもっていきたかでどうにでもなってしまう。
 うまくもっていけば二つ返事で「いいですよ」となるが、下手にもっていくと大問題に発展し、「絶対に譲らない」というほど相手の態度を固めてしまうこともあるのだ。
 僕は早速営業部の営業一課長の桂馬さんにアポイントメントをとろうとしたのだが、あいにくと彼は外出が多く、なかなかつかまらなかった。
 仕方なく僕は、お話ししたい趣旨を簡単にしたため、その件について会議をもちたい旨のメールを桂馬課長に出したのである。
 問題が発生したのはここからだった。
 桂馬課長はそのメールを見ると、ぶらりと情報システムの部屋にやってきた。
 彼はパソコンの操作があまり得意ではないので、メールでのやりとりを好まない。
 それで、何かのついでに僕のところに寄ったのだろう。
 しかし、あいにくとその日僕は、出張していたのである。
「なんだ。ヒラリーマンはいないのかぁ」
「今日一日いませんよ。なんのご用?」
 不在中に桂馬課長の応対をしたのが、なんとバリー岡田だった。
「いや実は今度のシステムのことでヒラリーマンが相談したいってメールしてきたんだけどね。明日は土曜だし、それなら来週改めて・・・・・・」
 と、桂馬課長は帰りかけたのだが、それをバリーが引き留めた。
「いやいや。それじゃわたしが聞きましょう。まーあのー、最近ヒラリーマンも忙しいし、どうせ彼もわたしに相談するわけだから」
 僕がバリーに相談することなどほとんどあり得なかっただろう。しかし、当の本人がいないのだから、言いたい放題だ。
 桂馬課長が迷っていると、バリーは追い打ちをかけた。
「桂馬さんもお忙しいから何度も行ったり来たりになって手間をとってもなんでしょう」
 そこまで言われて断る理由が桂馬課長にはなかった。
「ここではなんですから、応接室でじっくり打ち合わせましょう」
 バリーはニコニコしながら桂馬課長を伴って、応接室に消えていった。
 ことのことがプロジェクトの出鼻を大きくくじこことになったのだった。

2002年5月27日 実録連載−バリー岡田の陰謀22。開発増作戦

「それはダメだよ、ヒラリーマンくん」
 営業部営業一課の桂馬課長はあからさまに僕が提示した案を蹴り倒した。
 出張から戻り、案件について桂馬課長との打ち合わせでのことだった。
「しかし課長、おっしゃることはわかりますが費用対効果という面から見てもB案は効率的とは言えませんし、それに今回の開発費用の中でこれをやれとはわたしも大同システムに言えないんです」
「それは君の都合だろう」
 選択肢は二つあった。必要最小限機能がA案。オプションつき機能版がB案だった。案と言っても実際にはAでお願いしたいのだけれど、営業部から打診があったB案もないではないという、当て馬案なのである。
 今回のシステム開発は大同システムに無理を言って、赤字覚悟で引き受けてもらった。
 機能はすでに決まっているし、それに対する開発費も決まっている。
 しかし、プロジェクトメンバーで決めた内容も、具体的に話を詰めていくと関係部署の要望を聞く必要がある。そんなとき、「こんな機能も欲しいな」と新たな機能を思いつくのが人情と言うものだ。
 欲しくなったらどんどん追加していく。そんなことをすればシステムはどんどん膨らんでいってしまう。
 これで予算オーバーして、ついには開発が暗礁に乗り上げてしまったシステムは世の中に山ほどある。
 そうならないように管理するのが我々の仕事だ。
 そのために、ユーザーから新機能の提案があったときはそれを「絶対必要な機能」なのか、「あったらいいな程度の機能」なのか分け、開発の有無を判断する必要がある。
 どうしても必要な機能だと判断すれば、そのときは予算の増額申請をすればいいだけのことだ。
 必須だと思えば会社も金を出してくれる。
 ところが、「あったらいいな」の機能は申請しても拒否されるに決まっている。
 したがって、「あったらいいな」程度の機能は削るか、予算内で無理に開発して貰うかのいずれかになる。
 普段であれば大同システムに無理にお願いするのもいいのだけれど、今回は最初から赤字での開発となっているのだから、そんな余裕があるわけない。
 だから、こういう機能追加要求は何とか排除していこうとプロジェクト会議で決めていたのに、初っぱなからつまづいてしまったのだ。
「その機能がほしいというのはわかるのですが、絶対になくてはいけない機能ではないですよね。言ってみれば『あったらいいな』程度のものでしょう。そう言うものは今回は削っているんです」
「それはわかるよ、ヒラリーマンくん。確かにそれほど重要な機能ではないよな」
「そうでしょう? だったらお願いできませんか」
「そりゃダメだよ」
 なぜダメなのか、さっぱりわからなかった。ところがその原因がだんだん見えてきたのだ。
「物事には順番があるだろ。そう言うことをあとから言われても困るんだよな」
 と、桂馬課長が言った。
「あとからって?」
「もう部長にもう報告してるんだよ。今更『やっぱり変えます』なんて言えないだろう。俺だってそれなりの理由を作ってB案決定を部長に伝えているんだからさ」
 つまり、すでにB案に決まった後に僕が「やっぱりAにしてくれ」とネゴりに来たことになっているのである。
「ちょっと待ってください。プロジェクトとしては最初からAのみで考えてましたよ。まだお話もしてないのに、どうして部長にBで報告されたんですか?」
 嫌な予感はしたのだ。
 いつもならこういう相談には快く折れてくれる桂馬課長が、今日はやたらと抵抗するので、「変だな」と最初から僕は思っていた。
「そんなことないだろ。岡田課長と話してBで行くべきってことになったんだから」
 やはり原因はバリーだった。
 桂馬課長によると、バリー岡田の方から「どうせやるならこっちでしょう」と勧められたというのだ。
「そんな、困りますよ。予算的に余裕がないんですから。だいたい岡田課長はプロジェクトメンバーじゃないです」
「そんなことは知らんよ。彼はシステム課長なんだから、権限をもっていると考えるのが当然だろう。システム課長がこの開発について権限をもっていないなんて、全くアナウンスされてないじゃないか」
 確かにそうなのだ。
 バリーに口出しをするなと言うのは重役と部長の判断だが、言ってみれば内輪もめ。
 本来はシステム課長にはすべてのシステムについて口出しをする権利がある。
 だらか、それを公にアナウンスしてはいなかった。
 そこをバリーは狙ったのだ。
 バリーの目的は二つあった。
 一つは、自分の課長としての権限を公にアピールすること。
 二つ目は、開発規模を膨らますことで、僕と大同システムの仕事がスムースに運ばなくするためだった。
 どうしてそう断言できるかはいつものとおり、バリーがコンピュータールームの鈴木SEにベラベラと喋っていたからである。
「俺はシステム課長なんだからよ、本来は俺に決定権があるんだよ。他部署が絡んでくれば、絶対に俺じゃなくちゃダメだってことになるはずなんだ。見てろよ。ヒラリーマンの奴、すぐに大同との間でぎくしゃくしてくるぞ!」
 と、今までよりもさらにすごい鼻息だったそうだ。
 この調子では、これから先もずっとバリーの妨害に合うだろう。
 しかし開発期間は短くて、僕にはこんなことで仕事を停滞させる余裕がなかった。
 この先彼に妨害させないためには、なめられないようにするしかない。
 そのためには重役にも部長にも相談することなく、自分でこの場を切り抜けてバリーに「あいつは手強い」と思わせるしかない、と僕は思った。

2002年5月29日 実録連載−バリー岡田の陰謀23。権限委譲

 バリーは桂馬課長にあれこれ吹き込んだあと、独自のシステム構築案を作っていた。
 鈴木SEのところに立ち寄ってはあれこれ聞いては作業を進めていたのだ。
 自分がプロジェクトリーダーに返り咲く計画を立て、彼はその準備を着々としていたのである。
 プロジェクトチームリーダーからはずれ、マネージャーからはずれ、メンバーからもはずれたバリーであったが、それでもなおかプロジェクトに関わりたいという執念だけは見上げたものだった。
 その後の鈴木SEの情報によるとバリーはこう漏らしているらしい。
「2つくらいの仕事はダンピングシステムに持っていかないとヤバイんだよ。あの仕事だってダンピングに決めていたのに、ヒラリーマンの奴が・・・・・・。本来は俺がリーダーになるべきなんだ」
 彼はダンピングシステムのコンサルティングングを引き受けている。
 コンサルティングと言っても彼にそれほどの能力があるわけもなく、要するに我が社からダンピングシステムに仕事をだすという約束をして、コンサルティング料の名目で金を受け取っているだけのことだ。
 しかし、今となってはダンピングシステムにこのシステム開発が行くことはない。
 それなのにバリーがまだこのシステム開発の主導権をとりたがるのは、「岡田じゃないとダメだ」という実績を作って、次のシステムをダンピングシステムに回したいという一心だろう。
 バリー岡田は鈴木SEにリベンジ計画の核心も話していた。
「会社には権限規定がある。それを問題にすればヒラリーマンはひとたまりもないはずだ」
 バリーはそれ以上詳しいことを鈴木SEには言わなかった。
 鈴木SEもその意味がよくわからなかったらしく、僕にはバリーの言葉だけを教えてくれたのだが、僕にはその意味がすぐにわかった。
 会社には、職務によって明確に「職務権限」が規定されている。
 簡単に言えばバリー岡田には情報システム開発の開発実行指揮権がある。
 しかし、この権限は「権限委譲」という手続きで他の者に渡すことが出来る。
 これをするときは通常、権限をもつ本人が自分の判断で誰かに委譲する。
 この際、権限を委譲したことを各部署に連絡するのだ。
 もちろん上司の命令で委譲することだってできるから、バリーが嫌だと言っても部長が命令すれば済むことだ。
 しかし、今回の場合この手続きは一切とられていない。
 ここにバリーは着目しているのだろう。
 プロジェクトの発足については役員会で承認されている。そしてこのとき、リーダーが僕であることも説明内容に組み込まれていた。
 だから、僕がプロジェクトリーダーだと言うことは、社長でも知っている。
 いや、覚えてはいないだろうけれど、彼も聞いていたはずだ。
 ところが、僕がリーダーとなることそのものは承認項目には入っていないので、非公式に認めたという形になっているのである。
 なぜ正式に承認しないのか。それは僕が管理職ではないからだ。
 管理職でない者に管理権限を委譲することは出来ない。したがって正式には承認できないとうわけだ。
 でも、実際にはやってくれと言うのだから、日本的と言うべきだろう。
 ここには労働組合の問題も存在していた。
 それはつまり、管理職の待遇はしてないのに管理職の職務、責任を負わせるということは、労働組合からのクレームの対象となる。
 これを正式にやってしまえば会社としては言い逃れが出来ない。
 だから、正式に承認作業をすることが出来ないので、暗黙の了解で非公式にやってくれと言うことなのである。
 そんな事情で権限委譲の連絡は正式に回ってはなく、口頭で「ヒラリーマンがやりますのでよろしく」程度のことを部長が都度各部署に言っているだけだった。
「ヒラリーマンには正式な権限はない。だから問題が発生すれば、引っ込まざるを得ない」
 バリーはそう考えているに違いなかった。

 僕は桂馬課長への説得を続けたが、桂馬課長は納得しなかった。
 桂馬課長にしてみれば、部署間の正式な取りきめをして、その内容を部長に報告しちゃったんだらか、その話を今更変えないでくれということだろう。
 しかもバリーが桂馬課長に示した案は、営業部としてはおいしい話だから、取り消されたくないのもわかる。
 バリーがどこまで企んでいるのかは不明だが、とにかくめんどくさいことになってしまった。

2002年5月30日 実録連載−バリー岡田の陰謀23。バリー、大役をゲット

 桂馬課長といろいろ話しているうちに、バリーが吹き込んだ内容もだんだんわかってきた。
「システムってのはさ、利用者のことを考えて作るべきなんじゃないの?」
 と、桂馬課長が言った。
 そんなことは重々承知してるし、僕だってそれを実践しているつもりだ。
「ええ、おっしゃる通りですよ」
「なんか、利用者の意見を無視して、作りやすいようにだけやってるってのは、マズイと思うな」
 そんなことしてるつもりはさらさらない。
「利用者のご意見はよくよく伺ってますよ」
「そんなことないだろ。営業部の意見なんて全然聞かないで好きに作ってるそうじゃないか」
 と、桂馬課長は批判的に言った。
「そうじゃないか」ってことは、誰かにそう聞いたと言うことだ。
 そんなことを誰が吹き込むのかと想像すると、どうしてもあの人の顔が浮かんでくる。
「あのー、営業部は2課の高田君がプロジェクトメンバーでして、彼の意見を最大限に入れてますよ」
「え?」
 桂馬課長の目玉がひょいと上に上がって、まるで脳味噌の中を検索しているような状態に陥った。
 桂馬課長はしばらく考えると、「そう言えば・・・・・・」と、何かを思いだしたようだった。
「高田君が部のみなさんに意見を求めたはずですよ。数名の方からご意見をいただいて、その方たちと内容を詰めた結果を、プロジェクトにもってきましたけど、覚えありませんか?」
 桂馬課長がしっかり思いだしたことは、顔を見ればわかる。
「あー、あったねそれ。確かに意見を聞かれたな。ごめんごめん。なんだ、そうだったのか。そうかそうか・・・・・・。しかし、システム課もいろいろと問題ありそうだね?」
「なんのことですか?」
「いやー、開発費とかさ。もうちょっと考えた方がいいと思うよ」
 開発費と言えば、大同システムにめちゃめちゃ安い開発費で仕事を押しつけたところだ。いったいこの人は何が言いたいのだろう。安く買いたたきすぎだと言う話だろうか。
「開発費がなんか、高いらしいね」
 は?
 全く逆だった。それにしても、数千万も損害を被るシステム開発をさせて於いて、高はないだろう。
「安易に大同システムにばかり発注してて、高く付いてるそうだね。いつも使ってる業者をそのまま使うって言うのは楽だけど、楽ばかりしないで他の会社も使ったりしないと足元見られるよ。それに、業者を使う部署としてはあらぬ噂も立ったりするから気をつけた方がいい」
 これには驚いた。
 まるで僕が大同システムと癒着していて、高い金額で彼らに仕事をやらせてるみたいな口振りだ。
 これもおそらく、そんな話をバリーがでっち上げたためだろう。
 ここまで来ると腹が立つよりも呆れてしまって、強く言い返す元気もなくなってしまう。
 それよりも、これほど簡単にバリーに乗せられてしまっている桂馬課長にここで反論してもおそらくどうにもならないし、今の議題はこれじゃない。僕はこの話題を切り上げて本題に戻った。
「桂馬課長。部長にまで報告したから安易に変更は困る、と言うことでしたね。それではうちの重役や部長も入った会議で決定した内容として、こちらから改めて訂正のお願いを営業部長にさせていただくことではいかがでしょうか?」
「お詫びと訂正ってやつか?」
 ヤクザじゃないけどサラリーマンにはサラリーマンの筋の通し方がある。
 課長が上司である部長に「あれは違ってました」というのは抵抗があっても、他の部署から正式にその部長に「申し訳ないが・・・・・・」と話をすれば、その課長の顔は立つのである。
「はい。そういうことです。相馬課長にご迷惑はかからないようにしますから」
 僕がそう言うと、
「まーそこまでしろと俺も言わないけどさ・・・・・・」
 と、言いながら桂馬課長が頭をかいた。
 本当は「そうしてもらえれば俺も格好が付く」というのが桂馬課長の本音だろう。
 相手が妥協してきたら「いやいや、そんなことをしてもらうつもりもなかったんだが・・・・・・」とか言って自分が要求したわけじゃないというポーズを作りながら、実はしっかりやらせるのがサラリーマンのよく使う手口だ。
 最初から払う気なんてないのに飲み屋のレジで財布をとりだして「え、おごりなんですか? すみませーん」なんていうOLと同じなのである。
 僕が桂馬課長と話しながらふと思い出したのは、2週間に一度の報告会議だった。
 この会議には重役、部長の二人も参加し、報告するだけではなく、ものによっては決定機関でもあった。
 バリーはこの会議ではオブザーバーとして参加している。そしてその会議は翌日に開催されることになっていた。
 僕はこの会議を利用しようと、とっさに思いついたのだった。

 会議は朝早くから開催された。
「えー、進捗報告は以上でございます。それでは次ぎに、検討事項についてみなさんにご意見をいただきたいのでお願いします」
 発表者と司会を僕が兼ねていた。
 この会議の司会進行もバリーが以前「わたしがやります」と手を挙げたが、部長に却下された。バリーにとっては不満の残る会議だ。
「お手元の資料にありますように、営業部管轄の問題についてA案、B案があります。わたしとしてはA案で行きたいと思っています。理由はそこに記した通りで、その順番に検討を進めていくと、どうしてもこうなります。いかがでしょうか?」
 このB案をバリーが桂馬課長に勧めたのだ。
 当然バリーはこのことで僕が困っていることを知っている。しかしこの場でそれを言うことは彼には出来ないし、僕も言うつもりはなかった。
 重役と部長は資料を凝視して考えていた。
 そこで思った通りバリーが発言した。
「まーあのー。プロジェクトでいろいろ考えてくれてA案ということだとは思うんですが。まーあのー、これはBの方がいいのではないかと、わたしは思います」
 バリーとしては、ここでこのことを承認させようと思っているだろうし、その自信もあるようだった。
 しかし、重役がさっと顔を上げてこう言ったのだ。
「どうして?」
 重役は理由のない意見を嫌う人だ。非論理的な意見を出すと、重役はすぐに攻撃を始める。僕は重役とのつきあいが長く、彼の癖は良く知っていた。
 この件について僕らは十分検討を重ねて結論を出していたが、バリーはどうせそんなものはないだろうと僕は高をくくっていた。だからこの場でバリーから反対意見を出させればバリーの非論理的な意見と吟味し尽くしたプロジェクトメンバーの結論との争いになり、バリーが重役に叩かれるだろうと想像が付いていた。
 バリーが「は?」ととぼけた顔をした。
「どうしてBがいいのか理由はなんです?」
 重役がそう訊くと、バリーは本人にとっては自慢の頭脳を駆使して答えた。
「まーあのー、えー、だいたいこういう場合、この程度の機能は普通じゃないかと・・・・・・」
 これで勝負はついたと、僕は思った。
 重役は獲物を完全に射程距離内においたという感じで、つっこみ始めた。
「意味がわかりませんね。どういう理由でなぜそちらがいいのかを論理的に説明してもらえませんか?」
 論理的に説明。それはバリーがもっとも苦手とする分野だ。
「まーあのー、特に理由はないのですが何となく・・・・・・」
「何となく・・・・・・。何となくなんですね?」
「まーあのー、特に何がと言うわけでもないのですがその・・・・・・」
「岡田課長。プロジェクトメンバーがステップを踏んで検討した内容を、『なんとなく』で反対するその理由は?」
「いえあのー、反対という言うわけじゃなくて・・・・・・どちらでもいいのですが、まーあの〜」
 もうバリーはたじたじだ。
「それなら、プロジェクトが決めたA案でいいじゃないですか」
「はい。まーあのー、それでもいいです」
 これで話は終わってしまった。
 そこで僕はさらに意地の悪い追い打ちをかけた。
「岡田課長。この件ですがご存じの通り営業部はB案になると思っているようで、桂馬課長は直属の部長にまでそう話してしまったようです。課長から営業部長に訂正をお願いできませんか?」
 バリーは何か言いかけたが、部長が「岡田君、頼むね」と言ったので、バリーは言葉を飲み込んだ。
 バリーは自分から勧めた案を自分から訂正しに行かなくてはならなくなった。
 結局バリーはプロジェクトからの「お詫びと訂正」を管理職として営業部長にお願いする大役を仰せつかったのであった。  

2002年6月3日 実録連載−バリー岡田の陰謀24。バリーまたもや陰謀?

 営業部の件はバリーが営業部長に訂正に行って、簡単に話がついた。
 簡単とは言っても、「自分から勧めてきておいて、なんだよ!」と桂馬課長に嫌みを言われたと、マシンルームの鈴木SEにこぼしたらしい。
「ヒラリーマンのヤロー!」とまたもや息巻いていたそうなのだが、僕が何をした訳じゃない。自分で画策して自分でコケタだけの話だ。
 その後もプロジェクトではいくつかの選択に迫られる場面があった。
「俺はA案がいいと思うな」
「いやちょっとまってくれ。まず目的を再確認してからそれに見合う案かどうか検討しようじゃないか」
「まってくれ。予算のことだってあるんだし・・・・・・」
「いや、それは後で見ればいいじゃないか」
 真剣な検討が毎晩遅くまで続き、そしてその都度結果を週に2回の会議で重役と部長、そしてオブザーバーのバリーの前で発表していった。
 バリーは相変わらず、なんでもかんでも反対意見を出した。
「まーあのー、プロジェクトで考えてくれてA案になったというわけですが。まーあのー、それよりもやはりこれは、Bじゃないかと私は思います」
 この台詞を吐くたびに重役に「論理的な理由を・・・・・・」といわれ、それに対してもごもごと口ごもったところに僕が再度「B案だとこういう問題があって、不可能です」ととどめを刺すパターンが繰り返された。
 いい加減「この人は学習効果がないのだろうか」と思ったが、ある時やっと黙ってるようになったので、全く学習効果がなかったというわけでもないらしい。
 プロジェクトの検討はどんどん進み、システムの具体的な内容が決まっていった。
 連日にわたる検討で、僕はほとんど家で食事をとれない状況になったが、それでもやりがいがあった。
 そんなとき、僕は突然重役の呼び出しを受けたのだ。

「何かご用でしょうか、重役」
 重役は書類から目を上げると、重役室のソファにかけるよう僕に促した。
「毎日ご苦労さんだね。がんばってくれてるようで、かなり順調らしいじゃないか」
「はい。みなさんのご協力のおかげで何とかなってます」
「そうか」
 重役もソファに腰掛けて僕と対面した。
「ところでヒラリーマン君、体調の方はどう?」
 このときの重役の表情は、気軽に何となく言ったというのではなく、明らかに質問であった。
「ええ。体調はいいですけど」
「無理はしてないかい?」
「してませんけど・・・・・・なぜですか?」
「君、心臓の方がちょっと悪いだろう」
 確かに僕は不整脈の持病を持っている。でもこれは命には全く別状もないし、激しい運動をしても大丈夫だと医者のお墨付きがでている類の不整脈で、どうということはない。
「それでしたら月に一度病院で薬をもらって止めてますし、大丈夫です」
 薬さえ飲んでいればどうもないし、飲まなくても不整脈になるだけの話だ。いったいなんだというのだろう?
「それならいいんだが、岡田課長が随分と心配していたよ」
 心配するわけのない人が心配してると聞けば、内容を聞く前から「こんどはなんだ?」と思ってしまう。
「どんな心配をしていただいたんでしょう?」  と、僕は表面上はありがたく振る舞った。
「岡田課長が、ヒラリーマンがたまに心臓を押させて苦しそうにしていて具合が悪そうだと、そう言ってたもんだから・・・・・・」
 なんじゃそれ。
 映画にでてくる心臓発作じゃあるまいし、そんなひどい目にあったことなんてない。
「そんなこと、一度もなったことないですよ」
「そうか? 岡田さん、心配してたけどな・・・・・・そうか」
 思慮の浅い反対意見を言う男だとはわかっていても、バリーの悪意には重役は気づいていないらしい。
「それで岡田課長、何かおっしゃってました?」
「大変なようならいつでもプロジェクトを代わってもいいと、言ってたぞ」
 重役はそう言ってにこっと笑ったから、バリーが自分がやりたくて言ってるのだと言うことはわかっているらしい。
「そうですか。全くの健康体です!」

 バリーの奴も、くだらないことをするもんだ。そんな告げ口で僕がプロジェクトリーダーをおろされるとでも思ったのだろうか。
 そんなことをやり始めるくらいだから、バリーも相当焦っているんだろう。
 それから一週間後、マシン室の前を通ったら、鈴木SEが手招きをしたので立ち寄ってみると、またもやバリー岡田の新しい陰謀の話だった。
「ヒラリーマンさん、再来月って、何かあるんですか?」
「なんで?」
 あまりに唐突な質問なので面食らってしまった。
「実はね、岡田課長が僕に言ったんですよ」
 またかよ・・・・・・。
「なんて?」
「『ヒラリーマンの奴、来月になったら絶対にぐちゃぐちゃになって、プロジェクトの仕事なんてまともにできなくなってるぞ。そしたら俺が後をやることになるから、見てろ!』って、言ってました」
 なんだよ〜もう。こんどは何をするんだよ〜。
 次から次へとよくもいろいろ仕掛けてくるもんだ。
 やれるもんならやってみろ!
 最近はそんな気になるのであった。  

2002年6月4日 実録連載−バリー岡田の陰謀25。仕事攻め

「ヒラリーマンの奴、来月になったら絶対にぐちゃぐちゃになって、プロジェクトの仕事なんてまともにできなくなってる」
 バリーがそう言った意味がわかったのは、それから1週間ほどあとのことだった。
 僕はバリーに応接室に呼び出された。
「プロジェクトの方はどうだい?」
「順調ですよ」
 親切で聞いているわけじゃないことくらいわかっている。
 実際には残業だらけでへとへとだったが、意地でもこう言いたくなる。
「ふーん、そうか。でももうぎりぎり状態じゃないのか?」
「いいえ、そんなことはないですよ」
 とにかく、隙を与えるわけには行かない。大変な状態だなんて言ったら、何を言い出すかわからないのだ。
「そうか。結構きつい状態かと思っていたが、そうでもないのか」
 その手には乗らない。
「全然、余裕でやってますよ」
 僕がそう言うと、バリー岡田が不適な笑いを浮かべた。
「そうか、それならよかった。実はなヒラリーマン、やって欲しい仕事があるんだよ」
「え?」
「再来月に、業界の情報システム部門が一堂に会するシステム研究会があるんだが、今年はうちがその幹事なんだ」
 この研究会にはかつて僕もメンバーとして名を連ねていた。今の部長が課長だったとき、二人でいつも参加していたのだ。
 一次会はシステムに関する情報交換。二次会は場所を変えてパーティーとなる。結構おいしい役目なのだ。
 ところがバリーが課長になったとたん、僕はこの会からはずされた。
 バリーはこんな風に情報システム部の代表としてでていく会議をすべて独占し、それまで僕や他のメンバーが参加者になっていたものをすべて自分だけの参加に変えていった。。  僕はもっとも楽しいと言われていた大手コンピューター会社が主催するセミナーと言う名の接待旅行からもはずされた。
 これらは単なる遊びだけではなく、他社の情報システム担当者との交流の場でもあった。
「へ〜、うちが幹事なんですか」
「そこでだ、幹事の仕事はまぁ、いろいろあるけどとにかく大変だ。ヒラリーマンが多忙なら俺がやろうかと思ったんだが、余裕だって言うなら頼むよ」
 はめられた。
 この会の幹事は大変なんだ。
 まず、会議の会場を設定しなくてはならない。普通はどこかの会館を使うことになる。
 つぎに、会議で使用する資料を本にまとめて配布しなくてはならない。これには各社からの情報を集めて、それをまとめて編集する作業が発生する。しかも、ただ聞いてまとめるだけじゃなく、他の会社からの疑問などを各社に回して意見を聴取したりしなくてはならない。
 会議では飲み物も出さなくてはならないから、コーヒ